世界的な人気を誇る韓国の音楽グループ「BTS」。今年6月、彼らの公式YouTubeチャンネルでの発言は、一時「活動休止」と報じられた。彼らの発言について精神科医の泉谷閑示さんは「人間として極めて自然な行動だ。われわれは普段、NOを言わないことが当たり前だと思っているが、それは極めて不健全であることに気付くべきだ」という――。(インタビュー・構成=ライター 安宿緑)
韓国の男性音楽グループ「BTS」=2022年4月3日、米ラスベガス
写真=AFP/時事通信フォト
韓国の男性音楽グループ「BTS」=2022年4月3日、米ラスベガス

「活動を一度も楽しいと思ったことがない」

今年6月14日にBTSが公開した動画の中では、彼らの音楽活動に対する葛藤が見て取れる。例えば、

・活動が苦しく、休みたいと言ったらファンに対して罪を犯すような気持ちになる(ナムジュン)
・アイドルというシステムは人を成熟させない。ずっと何かをやり続けなければならないから(ナムジュン)
・スケジュールが埋まって、「こんなふうに生きてはいけない」と思った(Jin)
・昨日と同じ自分がいてはならない(ジョングク)
・歌詞を無理やり絞り出している(SUGA)
・歌詞を書く時、これはチームの考えなのか自分の考えなのかわからなくなる(ナムジュン)
・活動を一度も楽しいと思ったことがない(SUGA)

などだ。

なぜ彼らはこのような発言をしたのか。精神療法の臨床経験が豊富で、『仕事なんか生きがいにするな』(幻冬舎新書)などの著作のある精神科医の泉谷閑示さんに、彼らの発言について聞いた。

自主的に動けないことの悲鳴

——彼らの発言についてどう思われましたか?

そう感じるのは当然のことだろう、と思いました。アイドルとして、同じようなイメージを演じ続けなきゃいけないとすれば、それがだんだん窮屈になってくるのは自然のこと。成長すればするほど、求められるイメージからはみ出していく。しかし、それを必ずしも歓迎されなかったり、「そんなことは求めてない」と言われたりすることにもなってくる。

この活動に、本人たちのクリエイティビティが発揮されていて、手応えがあるのなら良いのですが、いつの間にか求められるがままに「労働」的になってしまい、嫌になってしまったという発言なのでしょう。

マーケティングにおもねった楽曲制作やプロモーション活動ではなく、あくまで自主的な意志で活動していたのであれば、こうした悲鳴は出てこないはずです。そのため、今回のBTSさんの発言は、自然なもので、別におかしなことを言ったわけではないのです。随分古い話ではありますが、キャンディーズという女性アイドル3人組が人気絶頂だった1978年に「普通の女の子に戻りたい」と言って引退した逸話と似ています。

それにしても、この発言の公表を容認した事務所側は、ずいぶんと懐が深いと思います。今後、メンバーがソロ活動をする時に、「労働」化したアイドルとしてではなく、今度は自分の意見やアイディアを生かし、「仕事」と言えるようなクリエイティブな形でアーティスト活動ができる余地を残してくれたのですから。

その意味でも、世界的スーパーアイドルグループBTSが、あえて、ちょっと苦しいから一度活動休止したいという率直で人間的な意思表示をオープンにしたことは、とても大きな意義があると言えるでしょう。

それは、ニーチェが『ツァラトゥストラ』の中で、人間の変化・成熟のダイナミクスについて述べた「三様の変化」という話に相当します。