個人の「権利」が認められていない日本
確かに、日本国憲法は、35条で「住居の不可侵」を定め、私的な領域の自由を保障しています(領域プライバシー権)。また、最高裁の判例で、私生活をみだりに(不特定多数者に対して)公開・公表されない権利も確立されている。
しかし、最高裁の調査官が解説するように、「いわゆる情報コントロール権又はこれに類する内容の権利ないし人格的利益が認められるか否かについて判示した最高裁判例〔は〕ない」のです(増森珠美)。
こうした自己情報コントロール権に対する冷めたスタンスは、最高裁だけでなく、政治部門にも見られます。国会が制定した個人情報保護法は、確かに個人データに対する本人の開示請求や利用停止請求を認めています。個人情報保護法は「『自己情報コントロール権』という文言を目的規定に明記していない」が、「自己情報に対するコントロールの仕組みを導入している」(宇賀克也)と指摘する見解もみられるところです。
しかし、この法律は、開示請求などを個人の「権利」とは明確に規定しておらず、「個人情報取扱事業者等の義務等」と題する第4章の中に規定されるにとどめています。
後述のように、令和2年の個人情報保護法の改正で、利用停止が認められる範囲は広がりましたが、EUのGDPRの「消去権」に比べて限定的であることは否めません。例えば、GDPRの消去権は、個人が同意を撤回した場合、他に個人データの取り扱いを正当化できる事由が存在しないときにも消去しなければならないと規定していますが(17条)、日本の個人情報保護法に同様の規定はありません。
「個人情報保護法改正」でも権利記載は見送られた
令和3年の個人情報保護法改正を主導した内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室に在籍した冨安泰一郎・中田響編著の『一問一答 令和3年改正個人情報保護法』(商事法務、2021年)に興味深い記述があります。
同書は、「『自己情報コントロール権』を個人情報保護法の目的として明記するかどうかについては、平成15(2003)年に現行の個人情報保護法が制定された際にも議論」があったが、①この権利が明確な概念として確立していないこと、②表現の自由等との調整原理が明らかではないことから明記されなかったと説明した上で、現在、「個人情報保護法の制定から20年近くが経過しましたが、上記①及び②の事情は基本的には変化していないものと考えられます。……今回の改正でも、『自己情報コントロール権』やそれに相当する表現は、明記しないこととされました」と説明されています(下線筆者)。
前述①・②の理由自体についても議論の余地がありますが、「個人情報保護法の制定から20年近くが経過」して、後述のように欧米では重要な法制度の展開がある中で、なお「事情」が「基本的には変化していない」と評価することができるのか、疑問を感じずにはいられません。