私の脳内から離れない大いなる謎

なんといっても最大の謎は、風呂場で溺死した養母の手に結束バンドが巻かれていたことだ。まず間違いなく凛がそれで養母の体の自由を奪って死なせているのだが、なぜそのままにしていたのか。死体にそんなものがついていたら、誰が見ても他殺だと思う。

凛は大阪の養母宅に行く途中の防犯カメラを誤魔化そうと、女装も含め変装を繰り返し、GPSでたどられないよう都内の自宅にスマホを放置し、さまざまな小細工をしていた。

そもそも縁組して間もない健康な養母が急死すれば、真っ先に疑われるとは考えなかったか。さらに180センチ超えの男が女装したら、かえって目立つ。

自宅にいたと言い張るためにスマホを置いていったのに、交際相手が「彼がずっと家にいない」と騒いでいた。

あらゆることが杜撰すぎ、養母の手に結束バンドがなくても逮捕されたはずだが、とにかく隠蔽いんぺい工作をしながらも、いちいち僕が犯人ですとヒントを残すどころか、アピールしているとしか思えない。ちなみにその結束バンドも、証拠が残るカードで買っていた。

そうしているうちにふと、直接的には何の関係もない別の事件を思い出した。

凛どころか私ですら生まれていない、70年近く前の事件だ。

「連続身代わり殺人事件」との共通点

Oなる男は婚外子として出生。実母を姉と思わされていた。その実母も婚外子で、養父母に育てられていた。Oもその養父母に引き取られ成人し結婚もしたが、ずっと折り合いが悪かった。ついに養父母を殺害、妻子を置いて逃亡する。

そのときMという男と出会い、戸籍など買い取った後で殺害。MになりすましたOは遠方の地で就職もし、新たな妻子までできた。ところが酔って他人宅に侵入、腹痛薬の瓶を盗もうとして通報される。軽犯罪なのですぐ釈放されたが、顔写真や指紋を採られてしまった。

自分がMではなく指名手配中のOだと露見するのを恐れ、新たに探し出したSという男から同様に身分証明の書類を買い、Sも殺害。Sになりすましていたが、間もなく捕まり死刑となった。時代も違えば、凛とOは境遇も性格も殺人の目的も何もかも違うのに、私の中で凛の結束バンドはOの薬瓶に巻き付いた。

捕まれば死刑は確実なのだから、MになりすませたOは慎重の上に慎重となり、用心に用心を重ねなければならなかった。実際、彼もしばらくは職場や近所周りから、平穏に生きるMさんと見られていたのだ。

なぜ薬瓶を盗もうとしたかは不明だが、もしそれをせずその家の人に、酔ってわが家と間違えたとでも平身低頭していれば、通報されるところまでいかなかったかもしれない。そうすれば養父母の事件は迷宮入り、Oは逃げ切り、本物のMは存在そのものが葬り去られ、Sは殺されずに済んだ。

小さな薬瓶は、こんなにも多くの人の人生を変えた。

凛の結束バンドは一事が万事の言葉通り、彼そのものの象徴だ。