一方、2008年のリーマンショック以降は評価が一転。貧富の差を拡大した要因だとして問題視されるようになる。
中国の先富論の考え方は、経済一般にいわれるトリクルダウン理論にも共通するものがある。トリクルダウンとは、水滴が上から下へと滴り落ちる様子を意味する。企業や一部の国民など上位層が豊かになれば、やがて消費が拡大し、いずれは低所得層にも恩恵が及ぶという考え方だ。
ただしトリクルダウン理論には、現実には富めるものがますます富むだけに終わるとの批判もある。中国の先富論政策は、見事にこの失敗例に陥った。国民から不満が噴出し、まさに「中国共産党による統制を脅かしかねない」状態になっていたわけだ。
世界不平等研究所が発表した『世界不平等レポート2022』によると、1950年代に大きく是正された中国の収入格差は、80年代を境に拡大へと逆戻りした。2021年時点の資産ベースでは、上位1%の富裕層が国全体の富の30.5%を独占する不均衡が生じている。
「地球上で最も不平等な社会のひとつ」に
そこで習近平は2021年8月、政策を大幅に見直した。「共同富裕」のスローガンの誕生だ。経済成長の裏で後回しになっていた公平性の問題を直視し、皆で共に豊かになろうというメッセージを明確にした。
しかしふたを開けてみれば、その実態は何ら新規性のある施策ではなかった。主として、富める者への締め付けに終始する内容だ。好調なIT大手を弾圧し、ただでさえ先行き不透明な不動産市場にさらに厳しい規制を導入するなど迷走している。
現在の中国市場は、順調だった景気拡大がひと段落し、不動産など一部セクターでは陰りがみえてきている。そんな状況下で導入された共同富裕の政策は、景気にさらに水を差す愚策だとして、国民の失望を招く結果となった。
米シンクタンクの大西洋協議会は、中国は「地球上で最も不平等な社会のひとつ」であると断言し、格差軽減への取り組みは避けられないと説く。公平な社会を目指す共同富裕においては、富の再分配をいかに実現するかが鍵となるはずだった。
その中核として習政権が描いたのが、抜本的な税制改革だ。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、「中国の税制は先進国のものよりも累進性が低く、低収入の労働者に負担がのしかかっている」と指摘し、税制改革の必要性を論じている。
挫折した税制改革
だが、肝心の税改正は棚上げとなり、試験実施の域を出ていない。同紙によると中国は、上海と重慶において、固定資産税課税の拡大を試験導入している。富裕層をターゲットとした税を拡大し、弱者への社会福祉制度の財源に充てるという、まさに共同富裕の理想を体現する計画だ。
だが、本来は今年3月に他の地域にも拡大する予定であったところ、中国財務省は延期を宣言している。企業上層部の締め付けが景気減速を招いているとの見方が広がり、早期の普及を断念した格好だ。