あらゆる部位の精密検査が必要に
しかも、線虫検査は「一度に全身15種類のがんのリスクを調べられる」とうたっています。特異度がきわめて高くない限り、一度に多くの種類のがんのリスクがわかることは欠点です。あなたが線虫検査によって高リスクだと判定されたとしましょう。体のどこかに、がんがある可能性があります。あなたは、胃がんかもしれないし、大腸がんかもしれないし、前立腺がんかもしれないし、膵がんかもしれません。
とりあえず、「消化管内視鏡検査」を受けましょうか。胃と大腸の両方です。「PSA(前立腺特異抗原)」も測ります。「腹部超音波検査」も忘れてはいけません。ところが、どの検査でも、がんが見つかりません。それでは安心できませんよね。これらの検査では、早期の膵がんが見落とされるので、追加で「腹部造影CT」と「MRCP(MR胆管膵管撮影)」と「全身のPET検診」も受けるとしましょう。
自費ですから相当な金額になります。また、お金だけの問題ではなく、検査に伴う苦痛や合併症のリスクもあります。このように「がんではないのに、がんの疑いがあると判定されること」を偽陽性と呼びます。偽陽性は心理的な不安や余計な検査を招く、がん検診の害の一つです。公的に推奨されているがん検診でも、偽陽性は生じます。けれども、どこのがんなのかわからないということはなく、部位が限定されるので多種類の精密検査をする必要はありません。
がん死亡率を減らすかどうかが大事
公的に推奨されているがん検診と線虫検査との違いは、それだけではありません。推奨されているがん検診には、「がん死亡率」を減らすという証拠があります。がん検診には偽陽性以外にも痛みなどのさまざまな害がありますが、その害を上回る「がん死亡率を減らす」という利益があるからこそ推奨されているのです。
一方で、線虫によるがん検診には、がん死亡率を減らすという証拠はありません。線虫によるがん検診を受けると、受けない場合と比較して、がん死亡率を減らすかもしれませんし、減らさないかもしれません。がん死亡率を減らさないとしたら、線虫によるがん検診は害だけあって利益のない医療介入だということになります。
「がんを発見できることもあるのだから、利益がないってことはないだろう」と考える方もいるかもしれません。しかし、がんを発見できるだけで利益になるという考えは誤りです。がん検診の有効性は、がんを発見できるかどうかではなく、がん死亡率を減少させるかどうかで評価されるべきです。発見しただけでは意味がないからです。