「普通の子になれない」希望なんて持てなかった
今となっては、ダウン症や知的障害がありながらも、素晴らしい才能を発揮して芸術の分野で活躍されている方や、社会に出て働かれている方が大勢いらっしゃることを知っています。
しかし、当時の私は息子が他の子とは違う、普通の子にはなれないということで頭がいっぱいで、前向きな希望のある未来を想像することなんてできませんでした。
どうして良太に障害が? 良太は普通の子になれない? 私のせいだ。良太に申し訳ない。家族に申し訳ない。
頭の中は答えのない問いかけと、自分を責める言葉しかありませんでした。
その後には、私には育てられないかもしれないという感情。そして涙が溢れ出し、深い絶望におそわれました。
それでも、授乳のため、良太が新生児室から私のところに来てくれる時間だけは不思議と不安が解消されるのです。愛おしくかわいいという気持ちが自然とわいてきます。でも、それ以外の別々の時間は不安で夜も眠れず、母乳も思うように出なくなりました。
「もっと頑張れ」と言われてるみたいで苦しかった
たったの数分でも1人でいることがこわくて、泣いてばかりいました。良太のことで不安な思いと、周囲の祝福されている幸せそうな他のママたちと私は違うんだという現実に耐えることができなくなりました。
この辛い場所から一刻も早く去りたい、そう思い、予定の半分の入院期間で半ば逃げるように退院し、自宅にもどることにしました。
自宅にもどってしばらくした頃、保健師さんがやってきて私を励ましてくれました。
「障害のあるお子さんは、ちゃんと育てることができるお母さんを選んで生まれてくるんです。だから岸田さんは選ばれたんです。心配しなくて大丈夫ですよ」
よかれと思ってかけてくれたこの言葉に、私はとても苦しくなりました。
私は大丈夫なんかじゃない。
まだ障害のある良太のことを受け入れることもできないダメな母親なのに。
育てられないって思っているのに。
これからどうすればいいのか、どうなっていくのかなんて全くわからないのに。