地面に横たわる80キロ以上の妻
しかし妻はだんだん、自分で立って歩くことも難しくなり、通院の際は、病院の車いすを借りて移動する。
次の通院の日、庄司さんは主治医に、だんだん立てなくなっていること、もしかしたら立ち方がわからなくなってきているのかもしれないということを話した。
しかし医師は、「脳のMRIも異常がない。だから立てるはず」と返す。何度訴えても話が通じないため、ついに庄司さんは諦めてしまった。
10月。庄司さんは妻を、精神科へ連れて行った。
認知症の検査を受けると、結果は30点中17点。20点以下が認知症の可能性が高いため、「認知症の疑い」となる。しかし医師からは具体的な話はなく、庄司さんも行動を起こさなかった。
10月後半、主治医は髄膜炎を疑い、血液検査をした。
当時、庄司さん一家は、エレベーターのない社宅の5階に住んでいた。そのため庄司さんは、通院などの外出時、いつも妻に肩を貸し、地道に階段を上らせていた。
しかしこの頃の妻は、予想以上に足の力が弱まっており、車から降ろす際、肩から滑り落ち、地面に仰向けに転がってしまう。庄司さんは途方に暮れた。地面に横たわる80キロ以上の人を、たった一人で立ち上がらせることは至難の業だ。
庄司さんが奮闘していると、近所に住む中年女性が、「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。庄司さんは、「大丈夫です!」と引きつった笑顔で返事し、なんとか1階と2階の間の踊り場まで運んだが、そこでギブアップ。するとまた、「大丈夫? 職場に電話する?」と中年女性がたずねる。職場は社宅のすぐそばだ。庄司さんが申し訳なさそうにうなずくと、中年女性は「救急車も呼んだから」と言う。
数分後、救急車と職場の同僚が到着。救急隊員は担架を使い、妻を5階まで運んでくれた。
救急隊員は妻を布団に寝かせた後、意識状態を確認。帰り際、「こんなことでと思わず、困ったらいつでも呼んでください」と言ってもらえた庄司さんは、救われた気持ちだった。
来てくれた同僚たちにもお礼を言い、中年女性にもお礼をせねばと思ったが、どこの誰だかわからない。ダメ元で妻に聞いてみると、「1階の佐藤さん」とあっさり。この頃は、まだ頭はしっかりしていたようだ。庄司さんは後日、娘と一緒にお礼に行った。