母親と兄

現在73歳の母親は実家で、38歳の兄は実家の隣の県で一人暮らしをしている。78歳のはずの父親は、家を出て以来ずっと消息不明だ。

兄と黒島さんは、20代半ばまではたまに会って食事をするなどして良好な関係を保っていたが、ある時昔話になり、「俺は親の離婚で人生を狂わされた。子供の面倒を見るのは親の義務だから、一生金で面倒を見させてやる」とニヤニヤする兄に呆れ果て、以降、会うことはなくなったそうだ。

しばらくぶりに再会した祖父の葬式では、兄は遅刻したうえに普段着で登場した挙句、「爺さんの金は長男である俺の金だ! 俺に全部寄越せ!」と母親に迫ったのを黒島さんが嗜めた。以来、決定的に仲が悪くなり、黒島さんの結婚式も欠席。祝儀も電報もなかった。

暗闇の中に立つうつ病の女性のシルエットは、後ろに光が輝く
写真=iStock.com/Favor_of_God
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「私も兄も、父がいないことを馬鹿にするような粗野な友人はおらず、大学まで出させてもらって何不自由ない人生のどこが“狂わされた”のだろうと思います。兄は、母からの過保護のせいで、『母親と妹は永遠に長男のために尽くす』と信じて疑いません。また、兄は母が自分の部屋を勝手にあさったり、友人関係や恋愛に口を出すしたりするなど過干渉のせいで、『距離感を見直すには拒絶しかない』と思い込んでしまっているように思えます。もしくは幼少の頃のDVを繰り返した母への漠然としたおそれが未だにあり、『話し合うのが怖いのかな?』という気もします」

兄は徹底的に母親を避け、一方の母親は、「兄が冷たいのは自分のせいだ」と自覚しているようだが、「あの子(兄)は私のことが嫌いなのよ……! もう知らない!」とメソメソしたり、入院した祖母の見舞いで兄と久しぶりに会うと、「キャッ、久々に顔見れちゃった」とはしゃいだり……。

そんな様子を間近で見る黒島さんは、「まるで拒絶しているのに求め合ってしまう、元恋人同士のように見えて薄気味悪いです。兄の心のなかには、本来ならば相容れない2つの気持ちが同居しています。ひとつは『金銭的に頼りたい、アテにしたい』という甘えた気持ちと、もうひとつは『干渉されたくない』という拒絶する気持ち。外見はおじさんだけど、心は幼児のままという感じです」と苦笑する。