人生100年のあいだに、病気がやってくるのは避けられません。避けられないからこそ、私たちは医療リテラシーを高め、病院や薬をうまく使って病気を手なずけて、日常生活を送るにあたって過度に病気を気にしないですむようにすべきです。

好きなこと、やりたいことをあきらめなくていい状況をつくるのです。

それゆえ、病院や薬は必須になります。多病息災の健康を維持していくために、今まで以上に医療にお金をたくさん使う時代がやってきます。

老化を治療できても医療費はかかる

2020年、「老化は治療できる病である」と主張するハーバード大学医学大学院教授、デビッド・A・シンクレア博士の著書『LIFE SPAN 老いなき世界』(東洋経済新報社)が日本でも刊行され、話題となりました。

シンクレア博士の唱える老化理論が正しければ、人類が「老いない身体」を手に入れることができ、老いた肉体を若返らせることのできる未来がやってきます。老化を治療できれば、それ以降は医療費もそれほどかからないのではないか。そう考える人もいるかもしれません。

老人の手を取り脈を取る看護師
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
※写真はイメージです

しかし、「シンクレア的世界」が仮に実現したとしても、未来の人類の医療費は今以上にかかることに変わりはありません。なぜなら、老化を治療できる世界になったからといって医療費がまったく不要になるわけではないからです。

まず、老化を治療する薬は相当な高額になると思われます。

たとえば、2021年6月に米国食品医薬品局(FDA)が承認した認知症治療薬「アデュカヌマブ」(商品名 アデュヘルム)は、患者一人あたり年間5万6000ドル、日本円で750万円を超える費用がかかると言われています。そもそも、この薬が保険でカバーされるかどうかという問題はありますが、新薬は得てして高額になる傾向があります。

おそらくシンクレア博士のいう老化の治療にも、相当な費用がかかるだろうと予想されます。ごく一握りの裕福な人しか、治療を受けることはできないでしょう。

医療費が「全額自己負担」になる時代が来る

次に、老化を治療する薬によって寿命が30年延びたとしても、いつか必ず死が訪れます。

その30年間、まったく薬や病院の世話にならずにすむことも考えにくい。「長く生きたのだから悔いはない。これ以上の治療は結構です」と患者さんが断らない限りは、死ぬ直前の時期に生きるか死ぬかの線上で、あらゆる薬や治療を試すことになるでしょう。

寿命が延びたぶんだけ、医療費を使う機会は増えます。また、死ぬ前の1週間で集中的に医療を受けた場合、その人の生涯医療費の大部分が使われるという場合もあります。シンクレア博士のいう老化のない世界が実現してもしなくても、医療費はかかるのです。