安倍晋三元首相への銃撃は、なぜ防げなかったのか。元警視庁警備部特殊部隊員(SAT)で、国賓など要人警護の経験もある伊藤鋼一さんは「現場には警備本部が見当たらないが、安倍元首相は警察庁指定の警護対象者で、本来ならそんなことはあり得ない。警護される側から、『そこまでは必要ない』という要望があったのかもしれない」という――。
安倍晋三元首相が撃たれた近鉄大和西大寺駅前(2022年7月8日午後、奈良市。時事通信ヘリより)
写真=時事通信フォト
安倍晋三元首相が撃たれた近鉄大和西大寺駅前(2022年7月8日午後、奈良市。時事通信ヘリより)

「警備本部」が置かれるはずの車両が見当たらない

——今回の事件は、「手製の銃による襲撃」という衝撃的なケースでした。日本は諸外国に比べて銃犯罪はきわめて少ないわけですが、元首相の警護にあたって、警察は銃を用いた襲撃は想定しているのでしょうか。

もちろん想定しています。銃による要人襲撃の事例は過去にもありましたし、銃犯罪が少ないからといって、日本に銃が存在しないというわけではありません。たとえ1パーセントでも可能性があるなら、必ず想定します。100パーセントの保護を目指すのが警備ですから。

——しかし今回は、襲撃者の攻撃を防げませんでした。なぜでしょうか。

私は「組織での対応ができていなかった」という印象をもちました。私が所属していた警視庁の組織が動いていれば、ああいう警備になることはあり得ないからです。

通常であれば、警備の現場げんじょうに警備本部が必ず立つはずなんです。所轄の警察署長がトップとなって、署の警備課長がそこに詰め、県警警備部の警察官もそのサポートとして入る。そこでさまざまな情報を吸い上げて、警備状況を通信指令室に報告し、警備担当者全員に無線でそれを流すという体制を作るのが普通です。

ところが、これまでに公開されている映像を見る限り、警備本部を作るための車両が来ていない。そして、事件があった現場に署長の姿が見えない。警備本部が立っていれば、必ず近くにいるはずです。背広姿の警護員しかおらず、制服警察官の姿が見えなかったことにも非常な違和感を覚えました。