「弟は、俺が死んだら俺の子供に金をせびる」
ひきこもりの人が、両親亡き後に頼りになるのは兄弟姉妹です。それだけに兄弟仲は良好であってほしいと思います。しかし、現実にはなかなか、そううまくはいきません。家族だからこそ、遠慮ない言葉をぶつけてしまい、よけいに対立が根深くなってしまうことは少なくありません。
両親も、二人の仲が悪いことが心配なようです。
「いろいろな事情があったわけですから、兄弟で無理に仲良くする必要はありません」と私は言いました。
「ご両親には、弟さんの生活を支えていく必要がありますが、お兄さんはご自身のご家族のことを優先して考えてください」
「でも親がいなくなったら、私に扶養の義務が生じるのではないのですか? 私が亡くなった後は、私の子供たちまで負担が及ぶのでしょうか?」と、お兄さんは心配です。その表情からは、「弟は一切働いていないのに、将来的に自分が死んだ後は、自分の子供たちに金をせびるのではないか」と戦々恐々とした感情が読み取れました。
「確かにお兄さんには扶養義務がありますので、ご自身のご家族が相応の生活を送った上で、余力があれば援助に応じてください。弟さんは生活費に行き詰まったら、生活保護を申請するかもしれませんが、お兄さんの援助の有無で、弟さんの生活保護の支給が決まるわけではありません。さらに、甥・姪であるお子さんについては、弟さんと特別の関係があるのでなければ、金銭援助まで求められないでしょう」
「そうですか。それを聞いて少し安心しました」お兄さんは安堵の表情を浮かべました。
私も、兄弟姉妹はできるだけ協力すべきだとは思います。しかし、「協力しなければ」と思うほど、強い口調で責めたり、叱咤激励をしたりして、兄弟姉妹の関係が悪くなることもあります。かえって「兄弟姉妹でも他人。それぞれ別々に生きていく」ぐらいに考えたほうが、お互いが冷静になれて、関係が改善されることがあります。
今回の相談でもお兄さんが、弟さんを負担に感じることから解放されれば、弟さんの人生を冷静に考えてもらえるのではないかと、あえて突き放したような言い方をしました。
「弟さんへの支援は、お金を出すだけではありません。様子を見に行ったり、行政手続きを促したり、医療を受ける際に付き添ったりと、いろいろあります。そういう部分こそ、ご両親亡き後に、お兄さんに求められることではないでしょうか」
「そうですね。私の子供にまで経済的な負担がかかるのではないかと、そればかりを気にしてしまいました」と、お兄さんはすっかり落ち着きを取り戻しました。
これですべてが解決したわけではありませんが、ちょっと考え方を変えることで、兄弟姉妹の関係も変わってくると期待しています。