7月8日、安倍晋三元総理が奈良市内で街頭演説中に凶弾に倒れた。「医療的に、あるいは警備の面で救うチャンスはなかったのか」多くの人が、テレビ報道の画面に釘付けになりながら考えたのではないか。今回の事件は、不測の事態への準備や発生時の瞬時の対応において“日本の弱点”をさらけ出すこととなった。この悲劇から教訓を引き出し、再発を防止するために「できること」があると、各分野の専門家は指摘する──。
安倍晋三元首相が8日に銃撃された大和西大寺駅前の仮設慰霊碑に花を供える人々が並ぶ(2022年7月9日、奈良市)。
写真=AFP/時事通信フォト
安倍晋三元総理が8日に銃撃された大和西大寺駅前の仮設慰霊碑には、花を供える大勢の人々が並んだ(2022年7月9日、奈良市)。

【死角①】発生後10分以内

この事件で医療関係者からの論評は少ない。医療従事者は他の医療従事者のことをとやかく言わないという「不文律」があるからだ。そのため日本を代表する医師らに話を聞いたが、「匿名なら」という条件になった。

安倍元総理が銃弾に倒れたのは7月8日午前11半ごろだ。救急車は5~6分で到着した。この後は、首都圏や大都市で大学病院等が近くにある場合なら、すぐに治療を開始できたはずだ。今回は、高度な医療機関が限られている地方都市で起きたため、条件は異なった。

それでも、東京都内の大学付属病院の熟練救急医は、これまでの治療経験を踏まえて指摘する。「10分以内に適切な医療ができていれば、助かった可能性はゼロではなかった」。

ドクターヘリという選択

今回の事件では、安倍元総理が銃弾に倒れた直後、周囲にいた人々と駆けつけた医療関係者とで、心臓マッサージとAED(自動体外式除細動器)による蘇生が試みられた。

続いて到着した救急隊は、緊急医療の“常識”であり、切り札であるドクターヘリに安倍元総理を引き継ぐことになった。

事件現場は奈良市内の繁華街なのに、なぜ、僻地へきちや離島などで使わることが多いドクターヘリが使用されたのか。

事件現場の近鉄大和西大寺駅前(奈良市西大寺東町)から、奈良県立医科大学附属病院(奈良県橿原市)までは約22キロ。

「普通の道路状況なら30分くらいで着くけど、渋滞なら1時間以上かかり、渋滞は日常的に多い。それでドクターヘリが出動したに違いない。現場から約1キロの平城宮跡歴史公園に運ばれ、そこで安倍氏をヘリに乗せたのだろう」と奈良県の医療関係者は地元の事情を解説する。

※編集部註:初出時、「西大寺駅周辺にはヘリポートはなく、河川敷で救急車と合流してそこで安倍氏をヘリに乗せた」とありましたが、「現場から約1キロの平城宮跡歴史公園に運ばれ、そこで安倍氏をヘリに乗せた」と修正しました。(7月11日18時34分)