「奈良か、大阪か」

一方で、ドクターヘリは大阪赤十字病院や大阪大学医学部附属病院など大阪の病院に飛ぶと予想した地元関係者も少なくなかった。

「私もそうですが、奈良の人は医療機関なら大阪に行くことが多く、今回もドクターヘリなら大阪に飛ぶと思っていた」(奈良県の主婦)

奈良県民が大阪の医療機関を頼る傾向があるのは、奈良県では過去に妊婦の救急搬送のたらい回し事件があり、県内の医療機関の信用を落としたことがいまだに尾を引いているようだ。

この事件は2006年に起こったものだが、体調を崩した妊婦の救急搬送で、県立医科大附属病院を含めて奈良県内の医療機関から受け入れを次々に断られ、最後に大阪の病院に運ばれ、死亡した。

「奈良県には3次救急医療機関(重篤な患者に高度な医療を提供する機関)がいくつかあるが、元総理の緊急治療だから、県内トップの医療機関に搬送しようということだろう。大阪の病院に移送したら、奈良県のメンツにも関わりますから」(先の奈良県医療関係者)という見方もある。

病院到着まで50分近く経過…

県内トップの医療機関なら安心というのも、“常識”を踏まえての判断だろう。だが、救急車到着から、途中ドクターヘリを使い、病院到着まで50分近くが経過していた。

安倍元総理の容体は、「病院に搬送された時にはすでに心肺停止だった」。事件当日夕方の記者会見で県立医科大の福島英賢教授らはこのように話し、止血や大量の輸血など手を尽くしたことも明らかにした。

ドクターヘリを出動させ、トップの医療機関に運び、医療関係者たちの懸命な努力にもかかわらず、救命はかなわなかった。

「医療的な勝負は、ドクターヘリの前にあった」

「安倍氏はおそらく、銃弾を体に受けて心タンポナーデの症状になっていたと思われる。これは、心臓の中に血液が入ってこなくなる重篤な症状。この状態だと、目の瞳孔は散大し、脳にも血液が行かなくなる」と先の熟練救急医は推測する。

そして「医療的な勝負は、ドクターヘリで運ぶ前にあった」と続ける。