「ひたすら子供と過ごす毎日は世界が一気に縮小した感じ」

——日本の少子化は、移民の少なさに原因があるのでしょうか。

移民が人口増を後押しするのは確かですが、もちろん、それが唯一の要因ではありません。

特に欧米と比べると、日本の母親は、より大きなプレッシャーにさらされています。国を問わず、女性は、母親に課せられる特定の生き方に対してプレッシャーを感じるものですが、日本では、今もそれが顕著です。

寝室で乳児と一緒に寝不足と疲労を感じている新米ママ
写真=iStock.com/sutlafk
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私の個人的な例をお話ししましょう。2005年、カリフォルニアで子供を産みましたが、出産後3カ月半で復職しました。教授としての知的活動が制限され、家で、ひたすら子供と過ごす毎日に息が詰まったからです。自分の世界が一気に縮小したように感じたため、仕事に戻る必要があったのです。

ある時、母国オーストリアの従姉いとこに復職を伝えたところ、返ってきたのは次のような言葉でした。「まるまる1年休めないなんて、かわいそう」と。

母親が何を望み、社会が母親に何を求めるか、母親にどのような可能性が保障されているかは、社会によって違います。

日本人男性は「自律性」を手に入れた

——日本では男性間格差が広がり、非正規労働者など、一部の男性は結婚や子供を持つこともあきらめざるを得なくなっています。一方、日本型雇用制度の下で、今も雇用の保障を享受するエリート男性は多いです。日本経済の「失われた20年」の下で拡大した「二極化」は、日本人男性の特質やアイデンティティーにどのような影響を与えたと思いますか。

とても難しい質問ですね。日本では、高給を稼ぐエリート男性と、さまざまな雇用形態で働く、その他の男性が共生しています。

つまり、少なくとも男性にとっては、労働市場に多くの「階層」が生まれたという意味で、日本の労働市場も米国の労働市場に類似してきていると言えます。

日本の男性の中には、より自由な、自分が望む生き方と引き換えに、低い給与や安定した収入の欠如と折り合いをつけ、結婚しない人生を選ぶ人もいるでしょう。旧世代の男性と違い、家族を扶養するだけの経済力を提供できないからです。

これは、経済的な安定という点から見ると、問題です。しかし、見方を変えると、日本の男性が「自律性」を手に入れたとも言えます。20年前に考えられていた、いわゆる「男らしさ」にはもはや当てはまらない、さまざまなタイプの男性が出てきたのです。