コロナ前の2019年12月期と比較しても売上高2割増

その成果は2021年12月期業績にも表れている。主力のパフォーマンスランニング部門の売上高は31.0%増の2082億円。コロナ前の2019年12月期と比較しても2割増になった。国内だけでMETASPEEDシリーズは1万5000足以上を出荷している。

C-Projectが仕掛けたのはロードのレーシングシューズだけではない。長距離用スパイクの開発にも取り掛かった。「トラックもいつのまにかナイキばかりになっていた。負けないものを作ろう」と廣田社長から“新発注”が入ったのだ。自身も仕事の傍ら、50歳からランニングを始め、フルマラソンのベストタイムはサブ4(3時間53分)を誇るだけに、タイム更新の技術革新には人並ならぬものがある。

竹村氏は言う。

「選手にヒアリングをしていくと、トラックではスパイクを使うので、こちらも用意してもらわないと困る、と。今年4月に長距離用のピンなしスパイク『METASPEED LD』をローンチしましたが、昨年7月に『METASPEED LD 0』を発売しています。実は開発途中だったんですけど、『東京五輪で履きたい』という選手がいたんです。世界陸連の新ルールで30日前に発売しないと使用できないので、急遽、通常では考えられない速さで完成させました。本当にウルトラ技だったと思います。特に生産部の方々は大変だったと思うんですけど、アシックスに関わるメンバーすべてを総動員するようなかたちでアスリートのために動いてもらいました」

写真提供=アシックス
廣田社長はサブ4の実力の持ち主

またMETASPEEDの開発には日本人ランナーだけでなく、東アフリカの有力ランナー30人のデータなども解析した。彼らのデータを取得する目的もあり、昨年には「マラソンの聖地」と呼ばれるケニア・イテンに「ASICS CHOJO CAMP」を設立した。「ケニアにはすごい選手がゴロゴロしています」と廣田社長。若い選手や可能性がある選手をスカウトして、トップランナーを育てようとしているのだ。

「アスリートキャンプを設立したのは、中長期視点で世界のトップで活躍する選手を育成するのと、我々のシューズの評価という目的もあります。彼らの能力は日本人と異なる部分がある。オンラインですぐにフィードバックをもらえるので、すごく貴重なんです。日本人を含めて世界のアスリートがハマる靴を作っているので、アメリカやヨーロッパの選手たちともオンラインで意見を聞いています」(竹村氏)

数年までは東アフリカ選手の声を聞く機会がほとんどなかったというが、ASICS CHOJO CAMPはアシックスがグローバルで勝負していくための“先行投資”といえるだろう。同キャンプから、もし、非公認ながらマラソン2時間切りの前人未踏の記録を持つエリウド・キプチョゲ(ケニア)のような超ビッグスターが誕生すれば、アシックスにとって絶好のPRになるはずだ。

今年4月24日にはスペイン・マラガで「META:Time:Trials」というレースも敢行している。アフリカや欧米などのトップアスリート79人が新モデルの「METASPEED+」を履いてレース(5km、10km、ハーフマラソン)に参加。4つのナショナルレコードと29もののパーソナルベストが誕生した。廣田社長によると「どうなるのか分からなかったけど、記録が出てホッとしています」と一種の“賭け”だったようだ。しかも、どうやら今後さらに速いシューズを作りために生かせるようなデータも取得したようだ。

「カシオさんと共同開発した『Runmetrix』というモーションセンサーを選手の皆さんに装着してもらい、ランニングフォームなどを分析しました。また定点動画を撮影して、時間の経過とともに彼らのストライドや着地がどう変化するのかもチェックしています。このような動作分析は今後のシューズ作りにすごく役立つと思っています。いつもはオンラインですけど、実際に顔を合わせてより深い話をすることもできました」(竹村氏)

写真=プレスリリースより
カーボンプレートの位置を調整し、ランニングエコノミーが2%もアップ

つまり社長直轄のC-Projectは始まったばかりで、この後、二の矢、三の矢が登場するに違いない。