社長自ら陣頭指揮「とにかく勝てるシューズを作れ」
反撃ののろしを上げたのは2021年3月。「METASPEED」シリーズを初めて世界へ向けて出荷した。ストライド型の「SKY」と、ピッチ型の「EDGE」の2種類があり、ともにストライド(歩幅)が伸びやすい仕様になっている。
アシックスが誇るスポーツ工学研究所は神戸市にある。陸上、野球、バスケ……あらゆるスポーツギアの最新作がここで生み出されている。METASPEEDもここで作られた。実験では従来品と比較してフルマラソン(42.195km)でSKYが約350歩、EDGEは約750歩少ない歩数でゴールできた。一歩を仮に1mとして、それだけストライドが伸びれば、飛躍的にタイムも速くなる。
2021年3月のびわ湖毎日マラソンで当時33歳だった川内優輝がMETASPEEDのプロトタイプを着用して、2時間7分27秒をマーク。川内が10歳近く若い25歳の時に出した自己ベスト(2時間8分14秒)を大幅に更新したニュースは、内外のアスリートや陸上関係者に衝撃を与えた。前述したように、この2カ月前に開かれた箱根駅伝ランキングでアシックスは屈辱の0人で、暗くなりがちだった社内の雰囲気も一気に盛り上がった。
では、川内が履いたシューズはどのようにして完成したのか。それは2019年11月、廣田社長の下で発足した「C-Project」だ。CはCHOJOの頭文字で社長直轄の組織だ。研究開発以下、選手サポート、生産、マーケティングなどの社内の精鋭を集めたグループが“離れ業”を成し遂げたわけだ。
C-Projectのリーダーを務める竹村周平氏はこう振り返る。
「C-Projectが動き出したときには競合がすごく強くなり、アスリートがどんどん離れている現状がありました。社長の『もう一度レーシングを取り返すぞ』というところからプロジェクトが発足したんです。リーダーを任され、大変な責務というか、プレッシャーのかかる場所に来たなというのはありましたね。社長からは『とにかく勝てるシューズを作ってくれ』ということだったので、目指す大会から逆算するかたちで取り組みました」
C-Projectの発足は東京五輪の延期が発表される前。当初は2021年夏のオレゴン世界陸上に向けて動き出していた。そのため2021年春に新モデルが出せるように開発が進められたという。新モデルを開発するには通常、数年の時間を要するが、わずか1年ちょっとの超短期間で仕上げることに成功した。
「社長直轄というのがすごく大きいと思います。本来ならそれぞれのセクションで決裁が必要になってくるんですけど、社長がOKすればすぐに動き出せる。ものすごくスピードが速くなりました。それに社長は『お金は気にしなくていい』と。通常はサンプルのタイプ数が限られるんですけど、ソールの厚さ、プレートの形などを微妙に変えて複数用意。サイズも契約アスリートの数だけ作って、フィードバックをすぐにもらえるようにしたんです。短期間で結果を出す動きができたかなと思います」(竹村氏)