琉球政府と米国民政府のトップが頭を悩ませた事件

棚から取り出され、手渡された一冊。素手でさわってよかったのか気になったが、はやる気持ちを抑えられずにページをめくる。と、あった。初代沖縄地区税関長を務めた島田雄一さんが、二十年前に「沖縄におけるサンマ裁判」という記事を書き残してくれていた。それは世にも奇妙な「サンマ裁判」を、税関職員の眼で見た生々しい記録だった。

「沖縄の復帰前、琉球税関において輸入されたサンマ・アジ等の生鮮魚介類に対し、当時の物品税法を適用して課税したことが、違法だと言うことで、約十年に亘り、裁判沙汰になり、政治問題化し、社会的にも色々批判を招いた珍しい事件であった。
然し、これは税関が恰も悪代官の如く思われ一頃は毎日のように新聞にたたかれ乍らも税関なりに出来るだけ努力し、その円滑なる解決を図ろうとしたが、事態は段々難しくなり、到底一役所の力で解決できるものではなくなり、琉球政府と米国民政府のトップまで行ってもなかなか解決しないものになった」

そう、サンマ裁判で争われたのは、「布令」と「税金」だったのだ!

新鮮で鮮やかな沖縄の魚
写真=iStock.com/tororo
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沖縄で獲れない魚には「20%の関税」を課す

ことの発端は、一九五八(昭和三十三)年に公布された物品税の税率や品目について定めたという「布令十七号」だった。日本から「輸入」されるさまざまな商品を、具体的に列記してグループに分け、何パーセントの税率が適用されるかを細かく定めていた「布令十七号」。

山里孫存『サンマデモクラシー』(イースト・プレス)
山里孫存『サンマデモクラシー』(イースト・プレス)

しかし、その「布令」には、重大な欠陥があったのだ。

きっと当時のウチナーンチュは、お馴染みの落語「寿限無」みたいに、こんな会話をしていたに違いない。

「えー聞いたか。また、無茶な布令が出たってよ」
「フレー! フレー! 布令ってなんだっけ?」
「なんだ知らんのか? 布令ってのは、沖縄の帝王・高等弁務官さまが出す、どんな無茶なルールでも決めたから従え!ってあの布令よ」
「あはあ、で、今度はどんな布令が出たわけ?」
「日本から輸入してるいろんな品物に税金がかかるんだって」
「日本から輸入? たとえばどんな?」
「たとえば……魚よ! 沖縄で獲れない魚なんかは、輸入品として二〇%の関税がかかるって!」
「日本から輸入される魚って、どの魚だい?」
「布令には、こう書いてある。うなぎ、あゆ、かき、はまぐり、あなご、このしろ、しろ魚、小えび、伊勢えび、シジミに、角貝、あわび、とり貝、貝柱に、なまこ、鯉に、白子に、タコ……」
「へえ~? でも俺たちが好きなあの魚は、入ってないな……?」