日本にわずか150人といわれる法医学者は、捜査機関から運ばれてくる遺体を解剖し、その死因を究明する専門医だ。鳥取県で唯一の法医解剖医で、鳥取大学医学部の飯野守男教授は「死因の究明には、社会的な意義があります。たとえば、いまは交通事故よりお風呂で亡くなる人のほうが多いのです」という――。
※本稿は、鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 10杯目』の一部を再編集したものです。
日本にわずか150人の死体を専門に診る医師
2020年の統計によると、日本国内の死亡者およそ138万人のうち約17万人が異状死である。異状死には、事件や事故で命を落とす、または自ら命の幕をひいた死もこの中に含まれる。
「異状死は無数にある。病名がついて、病院あるいは自宅で医師に看取られて亡くなる“ふつうの死”ではない死がすべて異状死(アンナチュラル)なんです」
そう説明してくれたのは、鳥取大学医学部法医学分野教授の飯野守男だ。飯野は、鳥取県内で唯一の法医解剖医である。
法医解剖医とは、捜査機関から運ばれてくる遺体を解剖し、その死因を究明する専門医だ。医師免許を持つが、病気の患者さんを診察、治療することはない。死体を専門に診る医師ということになる。
この法医解剖医は、国内にわずか150人しかいない。
「鳥取県では年間900体くらいの異状死があります。そのうち、われわれが解剖して調べるのは、およそ100体程度」
まず死体を検分するのは、捜査や法医学の特別な研修を受けた検視官である。この検視官が、法医解剖が必要と判断したときに、飯野のもとに遺体が運ばれてくる。
法医解剖は2種類。一つは、刑事訴訟法に基づく「司法解剖」だ。事件性が疑われる場合に死因などを究明するために行なわれる。つまりは、裁判の証拠集めだ。
例えば、刺殺事件において、加害者の供述どおり、凶器で刺して死に至ったのかどうかという因果関係を客観的に証明するのだ。