真っ黒焦げで身元もわからない遺体も5分で解析できる
Case3
夫婦と20代の娘さんの3人家族が住む家で火災が起きた。1階で趣味のオートバイいじりをしていた父親がうっかりガソリンをこぼし、そこに引火したのだ。
父親は逃げて助かったが、家の中にいた奥さんと娘は間に合わず亡くなってしまった。1人は玄関先で発見され、もう1人は3階の娘さんの部屋で発見された。
警察の所見では、火災発生時にキッチンにいた奥さんが玄関先で、娘さんは3階の自室で亡くなったのだろうということだった。しかし、解剖を開始する前に法歯学者(藤本秀子歯科医師/現鳥取大学特任准教授)が「これは違う」と指摘。
遺体の歯を見た瞬間に20代と50代が入れ替わっていることが分かったのだ。解剖をすすめると、藤本の指摘通り、玄関先の遺体が娘さんで、3階で発見された遺体が母親だと判明した。
父親の話では、娘さんはもう間もなく結婚予定で、自室に結婚資金を置いていたのだという。おそらく、母親が娘を先に逃がし、お金を取りに3階に行ったのではないかと推測された。
Case4
ホームレスの男性を利用した保険金殺人が10年以上前に大阪で起こった。犯行グループはあるホームレスの男性を誘い、養子縁組したうえで多額の生命保険を掛けた。
その後、事故に見せかけて彼を殺そうと車で轢いたが、いったん命は取り留めた。事故の保険金を手にした後、再び彼を殺し遺体を山に埋めたのだ。殺害から1年経ち被害者の骨だけが見つかった。
骨からどう身元を調べようかと考えたときに、以前事故で撮ったCT画像と照合することを思いついた。やってみると、骨にあった特徴も画像でぴったり一致し、ホームレスだった男性だと断定できた。
このような骨や火災現場の真っ黒焦げで身元もわからない遺体の特定には「スーパーインポーズ」という手法が使われる。これはcase4で飯野が編み出したものだ。現在では5分程度で解析。世界中で活用されている。
自殺と断定されない事例は“その他”に分類される
飯野には、相棒とも相談相手ともいえる人物がいる。法医学分野准教授の中留真人だ。大阪大学で大学院生だった飯野の指導担当をしていたという中留は、法歯学者で、歯学の立場から法医解剖に立ち会う。
2011年の東日本大震災で国内から多くの歯科医が集められ、「歯」が個人識別に活用されたというニュースをご覧になった方も多いだろう。
藤田保健衛生大学(現藤田医科大学)を経て、長崎大学で研究を続けていた2017年、その頃、既に鳥取大学医学部法医学分野教授となっていた飯野から「こちらに来て、Ai(オートプシー・イメージング)をつかった研究をサポートしてほしい」と声を掛けられ、鳥取に赴いた。
Aiとは、死亡時画像診断のこと。CTやMRIを用いて撮影し、遺体内部の情報を得る。解剖の要否判断や死因究明の精度向上に有用とされる。
法医学の最先端ともいわれるオーストラリア・ビクトリア州では、異状死の場合、Aiが解剖前の予備検査として義務付けられている。
飯野は、2008年からおよそ1年間、このビクトリア州のビクトリア法医学研究所の客員研究員として、Aiを活用した死因究明について研究。鳥取大学では2018年にAiを導入した。
中留は、飯野とともに法医解剖をしながら、予防法医学にも力を注いでいる。なかでも自殺を踏みとどまらせる方策がないかと、学生たちとフィールドワークを重ねながら取り組んでいる。
「明らかに自殺と断定されない事例は、死体検案書のなかで“その他”に分類されるんです。年間の自殺者のデータには反映されないので、実際はもっと多いと思います」
都市部と違って高層の建物がない鳥取県では、谷や海にかかった橋からの飛び降り自殺が多い。その場所に容易に登ることのできない柵や看板を取り付けることも効果的だと、自治体などに提言している。