法医学者の記憶に残る4つの死

もう一つは、2013年に制定された「死因身元調査法」に基づく解剖だ。呼称は都道府県によって「調査法解剖」「新法解剖」など、さまざまだという。

写真=中村治

これは、これまで「ふつうの死」として扱われていたもののなかに、自殺にみせかけた他殺など、事件の見落としが多くあったため、新たにうまれた法律だ。

この法律が制定されるきっかけの一つになったのが、2007年に起きた「時津風部屋力士暴行死事件」だ。

救急搬送された病院で急性心不全と診断されたが、遺体に残された外傷などから不審に思った両親が地元の大学に解剖を依頼したことで、暴行により死に至ったことが発覚した。

このように、犯罪による死かどうか分からない場合でも、裁判所の令状や遺族の承諾なしに警察署長の権限で死体を解剖できるようになった。

では実際に法医学者はどのように死体を診るのか。飯野教授の記憶に残る死を振り返ってもらおう。

後にも先にもない、遺族からお礼状をもらったケース

Case1

20年近く前のこと。当時16歳の男子高校生が部活中に倒れて亡くなった。当時はAED(自動体外式除細動器)もなく、救急搬送された先で死亡と診断された。

通常、こういう事例は解剖に回らないのだが、両親が解剖を希望した。なぜなら、亡くなった男子高校生には一卵性双生児の弟がおり、もしも、何か先天的な病気が原因であったなら、弟もそうなる可能性があることが危惧されたからだった。

遺族の承諾を取って行う承諾解剖(当時)というかたちで、解剖を行った。すると、心臓に奇形が見つかり、運動することで血流が悪くなることが判明した。

その結果を受け、弟もすぐに循環器内科で調べたが、幸いなことに、弟には同じ奇形は見つからなかった。

後日、ご両親から「弟は、お陰様で元気に生活しています」とお礼状が届いた。後にもさきにも、飯野が遺族からお礼状をもらったのはこの時だけである。

Case2

車にはねられた人が入院し、警察は病状の把握と本人から事故の状況を訊くために何度も病院に掛け合ったが「治療中だから」と面会を断わられた。しばらくしたら、突然「あの人、死にそうです」と病院から警察に連絡があり、その翌日に亡くなってしまった。

遺体を解剖すると、事故による骨盤骨折があり、入院中は見落とされていたが、折れた骨が腸に刺さっていたのだった。治療を開始した当初は絶食だったため、体調に変化はなかった。

しかし経過が良くなり、食事を開始すると、穴の開いた腸から消化した食物が漏れ、感染症を起こしてしまったのだ。CTで見てもなかなか気付きにくい症例だった。交通事故を起こした加害者の罪は傷害罪から業務上過失致死となってしまった。

法医学者は時に仲間である医師のミスを指摘しなければならないこともある。その責任の重さに報酬は釣り合ってないように感じる。

鑑定報酬は国費で賄われ、全国一律で項目によりすべて細かく規定されている。例えば、解剖謝金の場合、鑑定医が教授だと1時間9360円。

彼らの拠り所は犯罪を見逃さないという正義感、そして医療者、科学者として何が正しいかを検証するという使命である。