もっとも印象に残る発見は博士後期課程1年、立教大学大学院に在籍していた時のこと。2008年6月10日、軽井沢の森のなかで決定的な瞬間を目撃した。

巣箱をチェックしてまわっている時、それまで聞いたことのない「ジャージャーッ、ジャージャーッ」という声が響いた。なにごとかと鳴き声のした方向を見ると、アオダイショウが木を登り、巣箱に迫っていた。そして、次の瞬間、なんと巣箱のなかにいたヒナが一斉に飛び出してきたのだ。

「ヤバい……」

鈴木は鳥肌が立つのを感じた。実は大学院に入ってからの研究で、カラスを見た親鳥が「ピーツピ」と鳴くと、ヒナが鳴き声を静めてうずくまることがわかっていた。居場所を悟られると捕らえられ食べられてしまう危険性が高いため、親鳥が「カラスだ!」と知らせているのだ。

ジャージャー(ヘビだ!)と聞いて地面を探すシジュウカラ
写真提供=鈴木さん
ジャージャー(ヘビだ!)と聞いて地面を探すシジュウカラ

しかし、ヘビが木を登って迫っている時に巣箱でじっとしていたら、全滅してしまう。そこで、親鳥が「ヘビだ!」という意味で、「ジャージャーッ」と鳴くと、巣箱から飛び出すのだ。ここで重要なのは、ヒナは巣箱から出たことがなく、カラスもヘビも見たことがないということ。

「ヒナが親鳥の声をそこまでちゃんと聞き分けているなんて、想像していませんでした。親鳥が『ヘビだ!』と警告すると、ヒナはとにかく巣箱から外に出なきゃいけないと認識するんだと思います。同じように、『カラスだ!』と言われると、声を潜める。本能的に親鳥の声を識別してるんです」

カラスとアオダイショウを恐れるシジュウカラは、いつの頃からか、カラスとヘビを表す言葉を使い分けるようになり、それを生まれた時から聞き分けることができるヒナだけが生き延びてきた。まさに自然淘汰の結果である。シジュウカラの進化の過程を目の当たりにしたように感じた鈴木は、「やっぱり、チャールズ・ダーウィンの進化論は正しかったんだ」と、その場で強く実感したという。

鈴木は、興奮しながらこの発見を教授に伝えた。しかし、返ってきたのは「そんなに、たいしたことはない」という冷淡な反応だった。ここで落ち込む学生もいるだろうが、図鑑すら信じていない鈴木は、「先生は間違ってる!」と突っぱね、独断で論文をまとめ、3年後、著名な米科学雑誌『Current Biology』に投稿した。

京都大学白眉(はくび)センター特定助教の鈴木俊貴さん
筆者撮影
京都大学白眉センター特定助教の鈴木さん

「ジャージャーッ」は悲鳴か、単語か

シジュウカラの研究で博士号を取得した鈴木が次に証明しようと考えたのは、シジュウカラの「ジャージャーッ」という声がヘビを意味する単語になっているのかということだ。

「シジュウカラがヘビを見た時、ただ単に怖いという感情で鳴いていて、その感情が仲間に伝わっているだけって可能性もありますよね。まさに、一度もヘビを見たことのないヒナが巣箱を飛び出せるのは、そういった能力だと思うんです。でも、実はこの声、つがい相手(親鳥)にもある行動を促すんです。『ジャージャーッ』という声をスピーカーから聞かせると、親鳥はまず、地面を見る。それで見当たらなければ、木の穴や茂みまで探しに行くんです。ヒナと違って親鳥はヘビの姿をよく見ているはずなので、『ジャージャーッ』という声からヘビをイメージし、探しているんじゃないだろうか、と考えたんです」