テレビでは毎日、ロシアのウクライナ侵攻が取り上げられ、子どもたちが凄惨な映像を目にすることも増えている。精神科医の井上智介さんは「『9歳の壁』の前と後で捉え方は変わる傾向があるが、どんな子どもでも、恐怖心や不安感から、心身に変化があらわれる可能性はある。親は、そうした変化を見逃さないで」という――。
ウクライナの首都キーウ近郊のボロディアンカ。ロシア軍の攻撃で破壊された建物。2022年5月8日撮影
写真=AFP/時事通信フォト
ウクライナの首都キーウ近郊のボロディアンカ。ロシア軍の攻撃で破壊された建物。2022年5月8日撮影

「9歳の壁」前後で捉え方は変わる

まず子どもといっても、年齢によって、こうした海外で起こっていることに対する理解度が異なるので、親はそこを考える必要があります。

早い子どもなら6歳くらいから、死の概念について理解し始めます。死というのは、「体の機能が停止して元に戻ることがない状態」と分かり、自分もいつか死んでしまう存在であることに気がつきます。ただ、この理解度には個人差があり、「9歳の壁」と言われるように、9歳以降では大半の子どもがこのようなことを理解しているので、1つの目安の年齢としてもいいでしょう。

さらに9歳以降では、「自分が感じていることとほかの人が感じていることは違うのだ」ということがわかってきて、「もしこの人の立場になったらどう感じるだろう」など、人の気持ちや境遇を、自分とは違う人のこととして、想像したりすることができるようになってきます。

ですから、ウクライナで起こっていることについても、「9歳の壁」を超えている子どもの場合は、「日本で起こっていることではない」と自分ごとと切り離して理解しながらも、特に感受性の強い子どもだと、凄惨せいさんな映像から恐怖心を抱くだけでなく、現地の子どもたちのつらさや悲しみに共感して自分も悲しい気持ちになったりする可能性があります。一方、「9歳の壁」を超えていない子どもは、「自分や家族も巻き込まれてしまうのではないか」「同じ目に遭ってしまうのではないか」という不安を感じるかもしれません。

「9歳の壁」を超える前、後で、捉え方が変わる傾向はありますが、いずれにしても、テレビやネットの凄惨な映像から強い恐怖心や不安感を持つ可能性はあるので、親はぜひ、子どもたちの様子に気を配ってほしいと思います。

腹痛や頭痛、赤ちゃん返りも

では具体的に戦争は、子どもたちにどんな影響を与えるのでしょうか。その影響は心理面や身体面、行動面など、心身に及ぶと考えられます。

まず心理面でいうと、目の前のテレビやYouTubeなどの映像の中で人が亡くなっているのを見ると、恐怖心や不安感があおられ、「次は自分かもしれない」「お母さんやお父さんが殺されてしまうんじゃないか」「みんないなくなってしまうんじゃないか、一人ぼっちになってしまうんじゃないか」という孤立への恐れが生まれる可能性があります。

こうした恐怖心や不安感が大きくなると、夜に眠れなくなったり、お腹が痛くなったり、頭痛や倦怠感が出てきたり、と身体的な症状にも表れることがあります。また、ずっと気持ちがふさぎ込んでいたり、勉強に集中できない、何かを決める力が鈍ってくるといった精神的な症状も出てきます。

これがさらに進むと、これまではそんなことはなかったのに、おねしょをするようになったり、指しゃぶりをしたり、赤ちゃん返りをすることもあります。

行動面では、常に神経が高ぶってしまい、ちょっとしたことでイライラして親やきょうだいとけんかをしたり、友だちとトラブルを起こしたりといったことも起こりえます。