江戸に文化が一極集中していたら、維新は起きなかったかもしれない。(米国海軍士官学校博物館/PANA=写真)

一つの国だけのことではない。ひとりの人間や、会社や大学といった組織においても、いざというときに変化に適応できるためには、内側に豊かで多様な要素をたくわえておく必要がある。

細胞は一つのシステムである。1000億の神経細胞がネットワークをつくる脳も、また一つのシステムである。変化に対するシステムの「頑強さ」は、その内部に育まれている多様な要素と、その有機的な結びつきによってこそ生み出され、支えられる。

幸いにして、「単一文化」と見られがちな日本の中には、各都道府県で異なる文化や県民性がまだ色濃く残っている。さまざまな方言は、多彩な世界の見方を伝えてくれるし、地域ならではの食材や料理は、旅する者にとっての大いなる楽しみである。

全国紙や地上波テレビの役割が相対的に低下し、世界と直結するインターネットの役割が増大するにつれて、日本国内にたくわえられた「多様性の種」がふたたび芽を吹く時代が、すぐそこにきている。地方の多様性が「脱抑制」されてこそ、日本は新時代を迎えることになるだろう。

一番肝心なことは、日本が「均質」だとか、「東京」が中心だとかいった私たち自身の思い込みを外すこと。曇りのない目で周囲を見渡せば、江戸時代から脈々と続く豊かな多様性の種が、あちらこちらに埋まっているのがわかる。それを芽生えさせ、花咲かせるのは私たち自身なのだ。