なぜ「3480円」もの値段がつくのか

筆者はさっそく、相州牛の生産者である市内の「長崎牧場」を訪ねた。3代にわたって経営が続く牧場はなだらかな丘陵地帯にあり、菜の花が咲き乱れる抜群の環境の中で、牛たちが元気に動き回っていた。乳牛は放牧が基本だが、肉牛を放牧するのは珍しい。牧場主の長崎光次さんによれば、生後7~8カ月ぐらいの牛を2カ月間にわたり運動させるのだそうだ。

長崎牧場では、和牛と交雑牛あわせて約500頭の牛を飼育しているが、半世紀以上にわたって肉牛飼育に携わる長崎さんがこだわるのは、餌の配合だ。市内のアサヒビール神奈川工場から出される搾りかすや、地元豆腐店のおから、ふすま、糖蜜、コメや麦、稲ワラなど、10種類もの餌を与えている。なるほど、「ウニとろ牛めし3480円」の裏には、こうした生産者のこだわりがあったのだ。

餌にこだわれば、確かに消費者が喜ぶおいしい牛肉ができるが、長崎さんが強く意識するのは、「地域で循環する地元の餌」だ。その理由は11年前の東日本大震災で遭遇した苦い経験にさかのぼる。当時、長崎さんは茨城県から餌を調達していたが、震災の影響で供給の道が途絶した。かろうじて手に入った別の餌で代用したところ、「半年後から肉質が変わってしまった」というのだ。長崎さんはその教訓を今に重ねる。

長崎牧場を経営する長崎光次さん
筆者撮影
長崎牧場を経営する長崎光次さん

ウクライナ情勢、円安…飼料が確保できない

「実は最近、牧草を含めた輸入飼料の価格が高騰していて、輸入飼料については1トンあたり約2万円近く上昇しました」

現在、長崎さんが直面しているのは「飼料の高騰」だ。円安やコロナ下での海上輸送の混乱、輸出国の中国国内に旺盛な需要が生じていることなどから、飼料価格が高騰しているのだ。日本は飼料のほとんどを輸入に頼るため、ひとたび国際情勢が変化すると、安定的な生産が妨げられてしまう。

国産の稲ワラの利用もある。幸い、国産ワラの価格はまだ上がっていない。しかし、長崎さんは「東北から運ぶ稲ワラはガソリン代の上昇が運賃に反映され、早晩、値上がりするはずです」と警戒する。昨年、近隣の市や町で同業者が撤退したが、「後継者問題以外に、飼料価格の高騰が理由でした」(同)

元気で好奇心旺盛な長崎牧場の牛たち
筆者撮影
元気で好奇心旺盛な長崎牧場の牛たち

そこで目を向けるのが地元・南足柄産の稲ワラだ。現在すでに調達に乗り出しているが、これをもっと本格化させたいという。

田んぼに農業機械を入れられる東北と違い、小規模農家が多い南足柄市で稲ワラを集めるのは至難の業だ。稲ワラをロールにする機械や、それをストックする場所の確保も必要になってくるため、とても自力ではできない。