ドイツの政策を完全に狂わせたウクライナ侵攻
ところが、その後任であるバイデン大統領は、政権に就くや否やメルケル前首相に巧みに懐柔されたらしく、止まっていた工事は速やかに再開。ちなみに、メルケル前首相はプーチン大統領とは常に仲が悪そうに装いつつ、最終的に彼女が採った対ロシア政策は、すべて独ロ互助だった。
メルケル氏といえば、EUの牽引役、民主主義の保護者など、日本では名君として名前が知られているが、実は、彼女の過去の行動には、不可解なことが山ほどある。それについては、拙著『メルケル仮面の裏側』(PHP新書)に詳細に記したので、興味のある方はお手に取ってくださればうれしい。
この後、ドイツはあらゆる反対をものともせずに突き進み、パイプラインがようやく完成を見たのが2021年の9月。12月にはガスまで注入され、ゴーサインを待つだけとなっていた。昨今、ドイツが輸入していたガスのロシアシェアは55%を超えていたが、このパイプラインが開通したなら、シェアは70%以上に増えるはずだった。それで安心していたらしく、昨年の暮れ、ブラックアウトの危機まで囁かれる中、ドイツは6基残っていた原発のうちの3基を果敢にも止めた。
ところが、ロシア軍のウクライナ侵攻でその計画は覆った。そして、ドイツのエネルギー政策は完全に破綻した。
ガス不足、料金高騰、難民、インフレの四重苦
ドイツは今や、ガスの不足、高騰、そして、ウクライナからの難民、インフレの四重苦に襲われている。しかし、その苦境につけこむがごとく、EUの多くの国はロシアのエネルギー・ボイコットを叫ぶ。ロシアのガスは、ロシアに毎日4億ユーロ(約542億円)をもたらしているため、これを断とうというのが彼らの主張だ。
ただ、本当にボイコットすれば、実は皆、困るが、一番困るのはやはりドイツだ。ドイツが輸入しているロシアガスは、量が量なのでそう簡単に他に切り替えられそうにない。それどころかドイツには、液化天然ガス(LNG)の受け入れ基地さえ1基もない。これまで安いガスがあったため、誰もそんなものには投資しなかったからだ。
つまり、今、ガスが止まれば、ドイツの産業は間違いなく瓦解する。だったらドイツに、「ボイコットは無理です」と言わせようというのが、おそらくEUの国々の胸の内だ。
これまで肩で風を切っていたドイツのことを腹立たしく思っているEU国は、そうでなくても多い。今やEUサミットは、ドイツにとっては針のむしろ。「ディ・ヴェルト」紙はこれを、“カノッサの屈辱”に喩えたほどだ(1077年、ローマの王であるハインリヒ4世が、ローマ教皇に破門の解除と赦しを乞うため、雪の中、カノッサ城の門の前で3日間も立ち続けたという話)。国際社会とは怖いところだ。