「一流」のお願いに現場が奔走

数日後、ことさらニコニコしながらデスクに近づいていらっしゃると、「いいこと考えついた!」とおっしゃる。

なんでも2週間後、4月の初めに自国でホームパーティーをするので、「その会場に桜を飾ったらきっと皆喜ぶと思うから、小さめの桜の木を持ち帰りたい」と言うのだ。

応対しているひとり以外のコンシェルジュメンバーも、ほかの仕事をしつつも聞き耳を立て、さぞや大きなおうちなのだろうことを想像しながら、すでにわくわくと作戦をたて始めている。

この方が「本当に欲しい」のは何なのか。それを叶えるためにできる方法は何か。できるだけ早く、目指すゴールの明確な共通認識を持って、それを探しにかかりたくて、顔が笑い始めている。

根のついた木を個人が持ち帰るのは検疫の問題があって、そう簡単ではないことは経験から知っているので、まずそこをお客さまに確認する。土に植えるのか、花瓶に飾るだけなのかとお尋ねするときょとんとなさって、それはどうでもいいらしいことが表情から読み取れた。

「簡単でいいんだよ。日本の桜は特別だからね、満開の桜をパーティーに集まった友達に見せたいだけだから。桜はちょうどその頃咲くよね」

簡単かどうかはともかく、「木が欲しい」とおっしゃったのは、「植えたい」という意味ではなかったらしい。そして何気なく大きく両腕を丸く動かされた様子から、イメージしていらっしゃるサイズもわかった。

ほぼゴールが見えたので「どんな手配ができるかお調べしますね」、と時間をいただく。ご出発日までまだ3日ほどあり、しかもパーティーは2週間ほど先とあれば、お持ち帰りになるにも、お送りすることになろうとも間に合いそうな、またしても絶妙のタイミングである。

「一流」のお願いに「一流」が応える

早速、専門家にコンタクトする。日頃から付き合いのある花屋、枝物の店数軒から、さらにほかの専門家も教えてもらい、話を聞く。輸送についてもプロの知恵を借りる。桜の枝を持ち帰る方法はあっさりとわかったが、その専門家たちがそろって渋ったのは、「そんなに気候の違うところで、この桜たちがどうなるか」であった。確かに。

彼らもまた一流の専門家である。自身の専門に関しては、最後まで責任を持つ。できること、できないことははっきりと。そして何より、このリクエストや質問を面白がっていらっしゃる様子が伝わってくる。

そして、彼ら園芸のプロにとっては当たり前のことを、私たちのような素人にもわかりやすく説明してくれる。これもまた一流のなせる業である。

日本においてさえ、地域ごとに、いつ頃咲くか、咲かせるかを考え、育んで出荷しているのだから、開花直前になって、飛行機の貨物室で冷やされ、すでに30度を超えるアラブの3月に連れていかれて、さてこの枝の蕾はいつ開くのか……。課題はいくつもあった。

ホテル内の花工場には、婚礼やパーティー用の花がいつもたくさん用意されていて、花の専門家たちがちょうどその大切な日に最高の状態に開くように、昼も夜も大事に世話してくださっているのを知っている。これも一流の技である。当然、パーティー当日に一番美しく咲かせるであろう枝を見繕ってもらうつもりではいたが、気候が違うとその通りに行くとは限らない。

そうだ、そしてお客さまは、「パーティーで満開の桜を友達に見せたい」と大きな笑顔でおっしゃっていた。

その方がどういう言葉でおっしゃったか、その時どんな表情でいらしたかは重要である。その概要を知ればよいのではなく、どこが重要なのか、何にこだわっていらっしゃるのか、何が優先されるべきなのかは、生きたコミュニケーションからしか読み取れない。そしてこれは花の専門家も木の専門家も誰もが保証できないと言っている。