しかしプーチンのロシアにとっては、こうした歴史上のキエフの位置付けは大きな問題だ。今のロシアは、ソ連時代のような融通無碍な考え方も、ロシア帝国時代のような広大な領土も持っていない。

プーチンはロシア皇帝のようになりたがっている。将来の歴史書に「ロシアの領土を統合した偉大な人物」と書かれることが、彼の野望だ。

プーチンは常に自分を輝かしい指導者、そして勝利を得た征服者として見せようとしてきた。2012年の大統領選に勝利して「偉大なロシアに『ダー(賛同する)』と言った全ての人に感謝する」と涙ながらに語った言葉や、クリミア併合について議会での演説で「彼らは自らの土地に戻った」と述べて併合の歴史的重要性を強調したことなどからも、それがよく分かる。

彼の望みはソビエトのレガシーを自分の功績にすること、それと同時にかつての皇帝たちのような存在として見られることだ。そのためにはロシア帝国時代の建国神話や価値観を復活させる必要があり、だからキエフを支配下に置く必要があった。

結局「第3のローマ」となったのは、栄光を取り戻したキエフ大公国だった。ウクライナが独自路線を行き、キエフ大公国を自らのレガシーであると主張し、ロシア正教とは別の、独自の正教会を設けたことは、いずれもロシア国家の建国神話に反する。

これらの神話がロシアを、そしてロシア人であることの意味までも定義付けている。これがなければ多くのロシア人にとって、ロシアはロシアでなくなる。

建国神話が崩れればロシアが分裂する

プーチンは、社会を結び付けているこの建国神話が損なわれれば、ロシアは再び分裂すると考えている。自分がそれを許せば、自らのレガシーが台無しになることも。彼にとって、ウクライナ独自の言語、文化、歴史は、存在してはならないものだ。

一方で、ウクライナも同様の問題に直面している。ウクライナはロシアではなく自分たちこそが、キエフ大公国の真の継承国だと考えている。キエフ大公国と現代ロシアを切り離して考え、独自の歴史を示す必要があるのだ、と。

ロシアが今後も自分たちの定義するロシアとしての立場を確立したいと考える限り、そしてキエフ大公国の他の継承国がロシアの介入なしに自分たちの将来を決め、独自の言語や歴史、伝統を持ちたいと考え続ける限り、軋轢の種は残る。

経済的な問題は解決できるだろう。安全面の保障をすることも、新たな条約を結ぶことも可能だ。だが、古くからあるこれらの問題は違う。建国神話の支えを必要としない新しい考え方と、新しい正統性の基盤を備えた全く新しい動きがなければ解決できない。

第3のローマはもはや滅び去るべき時ではないか。そして、これらの古い神話を葬り去るには、決して第4のローマを築いてはならない。

From Foreign Policy Magazine

当記事は「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)からの転載記事です。元記事はこちら
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