従業員一人あたりの給与と賞与の合計年額について、1960年からの推移を見ると、次のとおりだ。

まず、高度成長期にはめざましい上昇を示した。1960年度に22万円だったのが、1970年度には78万円となった。その後も成長は続き、1980年度には246万円となった。

ところが、1997年度の391万円をピークとして、その後は低下した。2005年度には352万円となった。その後はほぼ横ばいで、2020年度は370万円だ。

名目賃金は、物価動向の影響を受けている。1970年代には、オイルショックの影響で物価上昇が激しかった。消費者物価指数(生鮮食品を除く総合:2020年基準)は、1970年度に31.7であったが、1995年度には96.5になった。これに伴って、名目賃金が上昇したのだ。

しかし、その後、消費者物価の上昇率は低下し、2020年度の指数は99.9になっている。

消費者物価指数を用いて1970年度を100とする実質賃金を計算すると、図のとおりだ。(注)

【図表1】実質賃金指数(1970年度=100)
出典=野口悠紀雄『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社)

実質賃金指数は、1970年度から1995年度の期間に、100から290まで、2.9倍になった。しかし、1995年度から2020年度の期間では、290から257まで、11.4%ほど下落している。このように、1995年頃までの上昇期と、それ以降現在までの下落期の間で、大きな変化が見られる。

円安政策を求めた理由

技術革新などによって日本国内の生産性が上がれば、円高になっても企業の売上や利益は増えるので、株価も上がる。それだけでなく、賃金も上がる。1980年代頃までの日本では、このようなことが生じた。

しかし、1990年代中頃から、日本経済は変質した。円高になると輸出企業の売上や利益が減って、株価が下がる。そのため、市場の実勢に逆らって、円安を求める圧力が強まった。

円安になれば、輸出企業の利益が増えるからだ。そして、株価が上がる。この相関関係は、統計的にも明らかに見られる。企業の利益が増えることも、株価が上昇することも、多くの人々に歓迎される。したがって、経済政策は、円安を求めることになる。

円安になると企業の利益が増えるカラクリ

では、円安になると、なぜ企業の利益が増えるのか? 次のような簡単な数値例で説明しよう。

いま、日本国内で300万円の自動車を生産しているとする。これに要する人件費(賃金)が100万円だとする。そして、企業の利益は売上の1割だとする。

為替レートが1ドル=100円であれば、この車をアメリカに輸出すれば、3万ドルで売れる。日本企業の利益は3000ドルだ。

ここで、何らかの理由によって、為替レートが1ドル=110円になったとしよう。

アメリカでの販売価格3万ドルは不変だが、日本円での売上は330万円になる。そして企業の利益は、その1割である33万円になる。企業の利益が増加するので、株価が上がる。

円安になるだけで、何も努力せずにこうしたことが起きるので、「心地よい円安」と言われる。円高になれば、これと逆のことが起きる。