※本稿は、杉田敏『英語の新常識』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
パンデミックから生まれた言葉たち
2020年の年明けから始まった新型コロナウイルスの感染は地球規模で広がり、わずか数カ月で世界は一変しました。日本をはじめ多くの国が緊急事態宣言や非常事態宣言を発出し、世界中で都市封鎖措置や外出禁止令が出されたのです。まさに「戦時体制」の様相を帯びてきました。
感染者が全米で最も多く出たニューヨーク州のアンドリュー・クオモ(Andrew Cuomo)知事(当時)は、人工呼吸装置(ventilator)を戦いにおける「ミサイル」にたとえ、それが足りないことを訴えました。フランスのマクロン大統領も「戦争」という意味のフランス語のguerreという言葉を何度も使い、「これは戦争です」と国民に向けたテレビ演説をしたのです。
クオモ知事はニューヨーク郊外のニューロシェル(New Rochelle)でクラスターが発生した時に、その地域をcontainment zoneにすると発表しました。ウイルスをその地域だけに封じ込めるという意味で使ったのでしょう。contain(封じ込める)は、「東西冷戦」の時代を象徴するキーワードの1つです。ベトナム戦争の際にもcontainment policyは、「封じ込め政策」という意味でよく使われました。
戦時中の言葉も多く使われた
ニューヨークはhot spotやhot zoneになりました。いずれも従来は「紛争地帯」や「被爆地」ということで、「紛争などが起こっている危険な場所」といった意味で用いられることが多かったのが、最近は「コロナの感染者が多発している危険な地域」という意味で使われています。
また、epicenterもこれまでは「地震の震源地」という意味でしたが、パンデミックが始まってからは、コロナのクラスターが発生する「感染集積地」という意味で主に使われています。
アメリカのいくつかの州政府は、shelter-in-place warningを発令しました。「屋内退避勧告」などと訳されていますが、もともとは、核戦争などにおいて放射性物質や化学物質が大気中に放出されたことが想定される非常時に「外に出るのではなく、屋内に留まって身を守るように」との警告です。
「夜間の外出禁止令」が出た国では、martial lawやcurfewといった言葉が使われています。前者は戦時あるいはそれに準じる非常事態に際して発令される「戒厳令」のこと、後者は「(戒厳令下・戦時下などの)夜間外出禁止令」を意味します。