税金、社保料、居住費…「雇用条件書」の活用は進むか

2019年、日本では入国管理法が改正、「技能実習」に加え「特定技能」という在留資格が新設され、14業種にわたって就労が認められるようになった。都内に拠点を持つ特定非営利活動法人MP研究会はこれを機に、特定技能制度の橋渡し役として活動を開始した。

従来の「技能実習」と「特定技能」の大きな違いは「転職できる」ことにあるが、プロジェクトコーディネーターのベ・ミン・ニャットさんは「これをきっかけに、ベトナム人実習生がさまざまな疑問点について声を上げられるようになりました」と言う。

また、事務局長の田中聡彦さんは「特定技能」で導入された「雇用条件書」について、あくまで出入国在留管理庁が提示する参考様式だと前置きしつつ、「税金、社会保険料、雇用保険料、食費、居住費などの金額を明記する欄があり、それぞれの国の言語で示すこともできる。詳細な記入を求めるこのフォーマットを使う企業が増えれば、賃金をめぐるトラブルもだいぶ改善されるのではないでしょうか」と語る。「特定技能」には依然問題点も残るが、このような前向きな評価もある。

香港でもアジアからの労働者たちが休日を祖国の仲間と過ごす光景が見られる
筆者撮影
香港でもアジアからの労働者たちが休日を祖国の仲間と過ごす光景が見られる

このままでは早晩「日本離れ」が起きる

だが、田中さんもある思いを払拭できずにいた。それは、たとえ制度が改善されたとしてもベトナムから、いやアジア全体からいずれ日本に労働者が来なくなるのではないかという危機感である。

MP研究会は15年以上にわたり、ベトナムやASEANの高度人材をメインに就労支援を行ってきたが、「残念ながら日本は、ベトナム人からも選ばれない国になりつつあります」(同)。エンジニアや文系の学生も離れていく傾向が見えてくる中で、「技能実習生」「特定技能」も早晩、日本離れを起こすのではないかと心配する。

コロナ禍の今、外国人の入国が足止めされる中で、日本ではすでに実習生の争奪が始まっているが、それは近未来への予想につながる。ご機嫌をとって歓待しなければ、アジア人実習生は日本に振り向かなくなるのではないか――。

アジア人実習生が姿を消せば日本の産業に致命的打撃をもたらすのは必至だ。農業や漁業はもとより、飲食店での立ち仕事、腰を痛めるホテルのベッドメイキング、運送業の倉庫での仕分け作業などは、すでにアジア人なしでは成り立たない分野になっている。しかし、こうした過酷な労働も“出稼ぎ”ゆえに我慢できたのかもしれない。

早晩、日本を取り巻くアジアが富裕になれば、労働者たちは“いじめ体質”の企業風土やアジア人軽視の日本の空気にも耐える必要はなくなる。アジアの担い手を失うとき、日本はさらに遠くのアフリカに労働力を求めるといった“焼き畑的手段”に出るか、あるいは日本人だけで人手不足を解消するかの選択を迫られる。

日本の受け入れ制度は改善に向かいつつも、“人と人のかかわり”は今なお克服できていない。“上げ膳据え膳”など極端な状況に陥る前に足元を見直したい。人手不足の解消も最終的には人と人。カギは日本人が異文化理解を深め、共生を模索することにある。

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