しかし、野村監督は失敗したときと同じような場面でまた使ってくれた。

先発して初回に4点取られたらすぐに代えられるか、打席が回ってきたときに代打を送られ、そのまま交代するのが大半だ。でも、野村監督はそのまま完投させてくれることもあった。

「おまえのことを信頼している」

はじめは、野村監督の采配の意味がわからなかった。しかし、そういうことが続くと、そのうち信頼してくれていると思えるようになる。選手は、監督から信頼されるとモチベーションが上がる。

野村監督は「おまえのことを信頼しているから使ってるんや」とは絶対に言わないが、起用法でそれがわかる。仰木監督のように、言葉を巧みに操って人を動かす人もいる。ただ、選手の側から見れば、本当に自分が必要とされているかは監督の起用法で判断する。

プロ野球選手は、試合に出てナンボの世界だ。自分はこの場面で使われるタイプの投手だと思っているが、監督はそう思っていないというケースでも、とにかく試合に使ってもらうことが優先される。

その前提のうえに、選手はそれぞれ「自分はこういうシチュエーションで使われると、ベストのパフォーマンスが発揮できる」というイメージを持っている。そのイメージが、監督に理解されていることに喜びを見いだす。

普通の監督とは異なる采配のワケ

僕の場合は、先発して完投するときにベストのパフォーマンスを発揮する。だが試合終盤、1点リードのシチュエーションでツーアウト満塁となったら、普通の監督だったら交代させるところだ。しかし野村監督は、その状況でもあえて任せてくれる。

駆け出しの若手の場合、緊迫した場面は経験豊富な先輩が登板するだろうと諦めていたところに「おい、行くぞっ!」と言われたら、意気に感じて「よっしゃー!」と気合が入るものだ。ところが、慎重な監督はその投手が打ち込まれたときのダメージを考え、使わない。

僕の場合は、その選手が良かったときのことしか考えない。失敗しても、ダメージが肥やしになる。野村監督は、その決断が非常にうまかった。

困ったときの準備としてデータを使う

データを重視する「ID野球」は、野村監督の代名詞だ。ただ、一般に知られている意味と、野村監督の意図するところとが、ややずれているように思える。