あくまで支援ですから、上司であるあなたの物の見方や考えを押し付けるのではなく、「あのとき、君はこういう判断を下したけれど、別の選択肢もあったんじゃないか」「結果はこうなったけど、違うやり方をしたら、業績がもっと伸びたかもしれないよ」という「問いかけ」を行うことです。必要なことは上司のあなたの「答え」ではなく、「良質な問いかけ」です。部下自身に、自分の仕事や行動に対する「意味づけ」をしっかりと行わせることが肝心です。この行為がないと人は育ちませんし、成長実感を得ることもできないのです。
このやり方の根本には、「業務・経験・内省・持論化」という4つのフェーズからなる「経験学習モデル」があります(図表)。「業務」を通じて「経験」を得て、その経験を基に「内省」したものを「持論化」する、さらにそれが次の「業務」につながっていく。この繰り返しによって成長を実感することができるのです。「持論化」を促すものが、先に述べた「自分の仕事や行動の意味づけ」です。ただ通常は、「業務」と「経験」の繰り返しになってしまっており、「内省」と「持論化」はないがしろにされてしまうことが多いようです。
仕事を行うにあたり、多種多様の問題に直面することは多いのですが、それぞれにふさわしい対応策を取って乗り越えていきます。もちろん成功もしますが、失敗もします。それらを通じて、後の仕事に役立つ経験を積んでいきます。じつは重要なのはここからで、そうした実践や経験を折に触れて振り返り、今後の自分に役立つものは何かという「内省」を行う必要があるのです。
さらに、そうやって抽出したエピソードを概念化し、その後の仕事に役立つ教訓を導き出すことも重要です。人間が学習し成長していくというのは、この4つのフェーズを無限に繰り返していくことだとこのモデルの生みの親であるデイヴィッド・コルブという研究者は考えました。もちろん、コルブの発想の根本にはジョン=デューイなどの教育思想家の影響があります。
自分のやり方に自信を持っている上司が指導する部下ほど、「業務→経験」だけで止まってしまい、部下の思考を「内省→持論化」まで導くことができません。日本企業の人材育成はOJTが基本ですから、経験さえ積ませれば人は育つという誤解もあるようです。
特に近年、経験学習は企業内人材育成の流行ですので、そういう論調が増えています。しかし、私の専門である教育学では、そういう経験への偏重の姿勢を「這いまわる経験主義」と呼んで批判しています。経験学習をよしとする理論家や実務家は、経験の力を絶対視しがちです。しかし、それは間違いです。