たとえば、ある部品が作業者の背中側に置いてあったとする。すると、取り上げる時にいちいち振り向かなくてはならない。こうした、「振り向き作業」などをチェックして、部品を置く位置を変えることでムダをなくす。作業台の高さを変えたり、ベルトコンベアの速度なども調整する。ムダのない作業とは作業者を働かせることではなく、作業をやりやすくすることだ。

「どこまでがムダですか?」質問に大野は…

トヨタ生産方式と聞くと、ベルトコンベアのスピードを上げて生産台数を増やすことだと書いてある記事もあるけれど、書いた人はまったく理解していない。

いくらベルトコンベアのスピードを上げたからといって生産性が向上することはない。人は自分が嫌だと思った作業を長くやることはできないし、必ずどこかでサボタージュを始める。

動作のムダについて、「どこまでがムダなのですか?」と訊ねた張に対して大野は次のように答えた。

ある時、ふたりは組み立てラインの横にいた。大野は張に向かって、「目をつぶれ」と言った。

「目をつぶって、耳を澄ませ」

いったい、なんのことかと目を閉じたら、大野が言った。

「張、ウィーンという音は聞こえたか」
「はい」

張は答えた。

「あれはインパクトレンチがネジを締めている音だ。いいか、仕事とはインパクトレンチがネジを締めている時間のことだ。あとの時間はすべてムダだ」

現実には、労働時間すべてを仕事時間にすることは不可能だ。だが、ゼロにするくらいの気持ちでムダを見つけろと発破をかけたのである。

ロボット溶接
写真=iStock.com/WangAnQi
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「現場に行け、帰ってくるな」

張、池渕のようなトヨタ生産方式を伝える者たちは「現場に行け、帰ってくるな」と命じられている。

社会人だからむろんスーツは持っていたけれど、仕事中に着ることはなかった。朝から晩まで作業服を着て、現場にいた。「ムダを見つけろ」と言われているから、ラインの横に立っているのだが、ただ立っているだけでは現場の作業者から「邪魔だ」と怒鳴られる。

張も池渕もラインが止まったら飛んで行って、一緒になって不具合を見つけたり、作業者が「部品を持ってきてくれ」と言ったら、急いで取りに行ったり……。作業服を油で汚すことで作業者との距離を詰め、そして、世間話ができる関係になってから、ムダを見つけたのである。

見つける、指摘するという上から目線ではなく、相談にのったり、教えてもらうことで現場のカイゼンを行った。