実質実効為替レートの推移は、図1に示す通りである。最近は、実質実効為替レートが下落する方向に向かいつつあるように見える。

確かに、国民の生産活動、消費活動が変わらないのであれば、円の国際的購買力が増加すること(円高)は望ましいことである。しかし、本稿の趣旨は、実質実効為替レートの下落(円安)を過度に避けようとすると、日本人が外国で売買する条件は確かに良くなるが、国内ではGDPや雇用の減少が生じて、日本人は全体として貧しくなってしまうということだ。

今までに日本経済が円高であった時期を見てみよう。図1が示すように、2008年9月にリーマン危機が世界を襲ってからは、第2次安倍政権が成立して黒田東彦はるひこ氏が日銀総裁に任命された13年まで、円高の時期が続く。

リーマン危機では、諸先進国の住宅証券の危機が発覚してその価値が下落して金融市場が崩壊しそうになり、米英の中央銀行、そしてヨーロッパ中央銀行がなりふり構わず貨幣を増発、いわゆる金融の量的緩和に走った。ところが白川方明まさあき総裁の下にあった日本銀行は、日本はゼロ金利に近いので金融緩和は無効であると考え、金融緩和政策をほとんど採用しなかった。これが図に見るような円高、実質実効為替レートの高騰を招いたのである。

図2は、日米英欧の鉱工業生産指数(鉱業・製造業の活動状況を総合的に表す指標)を比較したものである。2007~08年頃までは、日銀の福井俊彦総裁のかじ取りが比較的要を得ていて、日本経済の運営がうまくいっていたことは、この図からもわかる。

リーマン危機は、当時の与謝野よさのかおる経済財政担当大臣の言葉によれば、日本経済の被害は「ハチが刺した」程度であった。それにもかかわらず、図2が示すように、経済規模と比較したリーマン危機の日本経済への打撃の程度は、リーマン危機の震源地米英よりも大きかったのである。まさに、金融政策と名目・実質為替レートとの関係を、日本銀行が見誤り、政府も日銀の誤りを正せなかったことを示している。

【図2】 各国の鉱工業生産指数

黒田日銀総裁の判断は妥当

すなわち、円高では国民が外国製品を安く購入したり、海外旅行を安く楽しめたりするが、製造業などの生産面に大きく負担がかかる。円高は、輸出業者にとっては、円高分だけの安売りをしないと輸出を保てないというハードルとなる。国内でも、輸入品と競合する製品を生産・販売している企業の苦しみが増す。円高のハードルを乗り切れない企業は生産を控えるので、当然失業が発生する。危機の震源地でない日本の鉱工業生産がこれほどにまで落ち込んだのは、日本の金融政策の誤りに起因する“円高のハードル”のせいにほかならない。