万人の共感を狙って作られた曲ではない
水野は同対談の中で「当時の世の中って、それまで追いつけ追い越せという競争社会だったのが、『いや、それは違うんじゃないか』と、多くの人が気付き始めた時期でした」と語っている。この一節が昭和から平成への価値観の変化を象徴し、それゆえに大衆性を持ち得たと位置づけている。
一方、槇原は「世界に一つだけの花」は万人の共感を狙って作られた曲ではなく、こめられているのはあくまで「個」としての一人ひとりに向けたメッセージだと言う。
歌が必要な人たちって、非常にパーソナルでディープなところにいたりするじゃないですか。『世界に一つだけの花』も、もともとはそういう人たちに向けた曲です。
槇原自身は明言していないが、おそらく、彼の言う「そういう人たち」には様々な立場のマイノリティも含まれているはずだ。
「スーダラ節」に共通する“赦し”のメッセージ
筆者は、SMAPが本当の意味で「平成のクレージーキャッツ」になったのは、この曲が生まれてからだと考えている。
クレージーキャッツの代表曲に「スーダラ節」がある。爆発的なヒットで植木等を昭和の国民的スターに押し上げた一曲だ。
分っちゃいるけど やめられねぇ
陽気なメロディに乗せてこう歌う「スーダラ節」。生真面目な性格だった植木等は、当初、青島幸男が書いた歌詞を見て「こんな歌を歌っていいのだろうか」と悩んだという。浄土真宗の僧侶である父の植木徹誠に相談すると、「それが人間というものなんだ」と諭された。「分っちゃいるけどやめられない」は親鸞の教えに通じる真理だ、自信を持って歌いなさいと励まされたという。有名なエピソードだ。
そこから考えると、「スーダラ節」と「世界に一つだけの花」には、時代を超えた共通点を見出すことができる。仏教の教えと関連を持つこの2曲は、共に“赦し”の曲だ。「分っちゃいるけどやめられない」も「もともと特別なオンリーワン」も、どちらも人々の胸の内側に優しく入り込み、心の負荷を取り除く一節だ。だからこそ求められ、広まり、そして時代の象徴となった。
ヒット曲はときに、時代の中でそういう役割を果たす。