05年から生産体制を大幅に拡大。AtoZ社との合弁でタンザニアに工場2カ所を新設し、中国、ベトナムの工場と合わせて現在、年間3000万張の生産を行っている。
このうちタンザニアでは3工場で3200人、周辺を含めると6000人の雇用を創出。感染が減ったことで農作業に従事できる人も増え、荒地が畑に変わる現象も起きている。貧困のために病気の予防ができず、その病気が労働、教育を妨げてさらに貧困を助長する。この悪循環をオリセットネットが、少しずつだが確実に断ち切り始めた。
日本発の蚊帳の力はアフリカ東部ではすでに広く知られ、保健省の配布車が到着すると、村人たちがワッと寄ってくる。その中には幼い子どもも多い。その手にオリセットネットを手渡すと、小さな体以上に大きな笑みがこぼれる。これでもう、苦しい病気にならずに済むことを知っているからだ。この子どもたちの笑顔をもっと大きくするため、住友化学は蚊帳事業の収益の一部を使い、アフリカ各国で小中学校の建設も進めている。
事業をさらに加速するため、07年4月にはベクターコントロール部を新設。08年10月には事業部に格上げした。初代部長、事業部長を務める水野達男は「他社の蚊帳より価格が1ドル高いため、現在シェアは3割。だが他社のものはもって3年。うちのは品質が違う」と今後の売り込みに自信を見せる。
死亡率半減に向け、国連は10年までの2年間で新たに2億5000万張の防虫蚊帳を配布する目標を掲げている。需要はまさに拡大の一途で、来年中には西部のナイジェリアでも生産を開始する計画。またボウフラの段階で退治する殺虫剤の発生源散布など、住友化学の総合力を生かした取り組みや、アジアでの本格展開と、水野は次の事業構想も温めている。机の上に飾るアフリカの子どもたちの写真が、そんな水野のパワーの源である。
“伊藤商店”のマラリア対策事業は、もはや水野率いる後継者たちにしっかり引き継がれた。だが、伊藤の仕事は終わっていない。今年3000万張の蚊帳を配布すれば、5年後に同じ量のゴミが出る。そのリサイクルの道筋をつけることで、伊藤の頭はいっぱいだ。フォークリフトのパレットにするのも一案。その前にまず、グローバルな回収システムをどうつくるかが大問題だ。齢60歳。ベテラン研究者の熱き挑戦は、今なお尽きない。(文中敬称略)