“そういう姿勢をすると強くならないよ”
入室したての5歳のころ、大盤を使っての授業中に母親の膝枕に甘えたりすることもあったそうだ。
「文本先生はきちんと指摘していました。そのときの先生の注意の仕方もうまい。『そういう姿勢をすると、将棋は強くならないよ』と言っていました。これが聡太さんの胸には何より響いたようで、聡太さんはすぐに背筋を伸ばしました。以来、母親に甘えるようなしぐさは一切見せなくなりました」
藤井三冠の大活躍の要因を、原木さんは「本人の才能、家庭の雰囲気、そして良き先輩や同期との切磋琢磨」と分析する。
「教室では世代を超えた人間関係が広がります。3歳から来ている子もいたし、僕は70歳でした。そんな人間たちが五感を使って将棋を指す。今はリモート対局や指導も普及していますけど、目の前に相手がいることがいい。苦しいときに手が震えていたり、悩んだ表情や盤面のどこを注視しているかで、何をどう悩んでいるのかが伝わったり。とくに子供のうちに五感を使うことで勝負勘が磨かれます。相手の必死さが伝わってきますから、こちらも負けまいと気合が入って、いやでも集中力が高まってくる」
原木さんの教室での立ち位置は面白い。藤井三冠の同期でありながら、文本先生とは飲み仲間。よく2人で酒を酌み交わすそうだ。
「酒席でよく話題になるのは、聡太さんが幼少期から対局に負けると大泣きしたことです。大声を上げるわけではなく、シクシクとずっと泣いている姿をよく見かけました。今でも時々、あのころと似た目をしているときがあります。あの悔しさが持つエネルギーを生かす環境に出合えたことが、彼を伸ばしたのは間違いありません」