「いじめを認めるのは怖い」現役教師の声

さらに小中学校の現役の教員たちに話を聞くと、普段、子供に接している教員たちがいじめを隠蔽いんぺいしてしまう理由が見えてきた。

「なぜ、隠蔽が起きてしまうと思いますか?」という質問に対し、教員たちは皆、口をそろえて「いじめが起きるのは悪いことだと思っているから」と答えた。

「いじめが起きたときに感じるのは、自分の指導力不足です。だけど、それを公に認めてしまうと、管理職や保護者など、いろんなところから集中砲火が来るのが目に見えています。いまの学校現場には、守ってくれる人がいないので認めるのが怖いんです」(神奈川県の市立中学校勤務のS教員)

「いろんなものが壊れてしまう怖さがあります。いじめられている子を守らなきゃいけないのはもちろんですが、担任としては加害者側の事情もわかる。いじめを認めて加害者を成敗してしまっていいのか、判断ができない。担任をしていると、『こいつが悪いです』というのがすごく難しいんです」(神奈川県の市立小学校勤務のF教員)

教員たちが語るいじめを認める恐怖。小西議員は「いじめ防止法に照らせば、本来は感じる必要がないものだ」という。

「第34条(※5)では、いじめが起きたこと自体は悪いことではなく、むしろ、隠蔽などを防ぐために、常日頃のいじめの早期発見などの対策を適切に行っているかを学校評価における留意事項として明記しています。さらにこの評価基準は教員評価にも適用されることになっています。このことを先生たちには知ってほしいと思います。

いじめ防止法の運用の最大の課題は文科省が通達を出しても、現場の先生たちにまでその内容がほとんど伝わっていないことであり、理解を確保する法改正が必要だと思います。その上で、本当に実効性のある対策がなされているかを把握するためには、子供にいじめの有無のアンケートを取るだけでなく、『学校にいじめ対策委員会があるのを知っていますか?』『先生たちは、相談すると話を聞いてくれますか?』など、学校の取り組みについても“子ども目線”で評価する法改正が必要とも考えています」

文科省の調査ではいじめの認知件数自体は増加傾向で、これはいじめがあること自体を問題視しないという「いじめ防止法」の趣旨が浸透してきた結果だと前向きに評価する声も多い。だが、教員たちは「そんな単純な話ではない」という。

いじめの認知件数
昨年度は減少したが、それまでは右肩上がりで推移 出典=文部科学省 令和2年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要

※5 (学校評価における留意事項)第三十四条 学校の評価を行う場合においていじめの防止等のための対策を取り扱うに当たっては、いじめの事実が隠蔽されず、並びにいじめの実態の把握及びいじめに対する措置が適切に行われるよう、いじめの早期発見、いじめの再発を防止するための取組等について適正に評価が行われるようにしなければならない。

「いじめ解消率」を気にする校長が隠蔽を誘発

東京都内の区立小学校に勤務するY教員は言う。

「年3回行われる『いじめアンケート』に書かれたいじめ案件は、『いつ、だれが、だれにどういうことをされたか』を明記して、教育委員会に提出します。それとは別に『いじめ一覧』もつくります。ここに記載したいじめ案件が何カ月経ったら解消されたのかも報告しないといけません。東京都では3カ月を目途に対象児童を調査して、『いまどう?』『イヤなことはない?』などとヒアリングします。子供が『ない』と答えたら解消、それ以外の解消できなかった案件はオレンジ色にマークして教育委員会に提出します。これを基に、教育委員会が区の一覧を作成し、あなたの学校は区のなかで何番目の解消率なのかと、平均値などとともに示されるんです」

いじめ解消率で、学校のランク付けを行う――。

これが全国の自治体で行われているかは不明だが、平成30年3月に総務省が発表した「いじめ防止対策の推進に関する調査 結果報告書」の中では、「いじめの認知件数に占める、いじめの解消しているものの割合の増加」が成果指標になっていることが報告されている(P52 図表2-(3)-⑤ 平成25年6月14日閣議決定「教育振興基本計画」)。

「教育委員会から解消率で成果を問われるので、学校評価を気にする校長は『いじめ解消率を上げないといけない』となってしまい、それが現場の教員たちへの圧力になっています。解決できないと問題視されてしまうので、子供が正直に『いじめアンケート』を書くと、困る先生はその子を呼んで『ここの丸、こっちじゃないよね、こっちじゃないかな』って誘導するんです。どこのクラスでもやっていて、重大案件の項目のところには丸しないようにしています」(Y教員)

これが本当だとしたらとんでもない話だが、自分の学校にはいじめはない、あっても解決したとしたがる校長は多いと教員たちは言う。

いじめ解消率ではなく、いじめに対応しているかで評価をしてほしい。そもそも、いじめの認定をすることも、解決したと判断することも、基準があいまいで非常に難しいのです。しかも、教師が解決しなくてはいけないいじめの範囲はとてつもなく広い(※6)。何かあると教師が叩かれますが、授業や部活をやるだけでなく、学校外やインターネット空間で起こるいじめ解決にまで学校や教師が責任を持つというのは、実際にはとても難しいことを理解してほしいです」(S教員)

いじめ解消率の取り扱いについて文科省に問い合わせたところ、「現在はいじめ解消率を成果指標にはしていない。解消率が高ければいいということではないということは伝えているが、伝わっていないのであれば引き続き説明を続けていきたい」とのことだった。

※6 いじめの定義「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」。学校の内外を問わず、インターネットを通じて行われるものも含むとなっている。