町田の事件では「いじめ防止法」が形骸化

しかし、いじめ防止法制定後もいじめによる自殺は続いている。

町田市で小学6年生の女の子が自殺した事件では、担任がいじめを認識していたが、「いじめ対策委員会」が機能していた形跡はない。学校が町田市教育委員会に「重大事態」として報告したのは2カ月半後のことだ。

そうして、今年3月から町田市教育委員会の下で行われた調査では、遺族から調査委員会の委員について「いじめ防止法」が求める公正・公平等の要件に合致するのかなどの説明を求めたが受け入れられず、教育委員会は「常設委員会」で調査を強行。説明やヒアリングもないままに調査が進んでいくことに危機感を抱いた遺族が、新設の「第三者委員会」立ち上げを求めて9月13日、文科省で記者会見を開くに至った。

この事件は文科省が肝いりで進めるGIGAスクール構想も絡む問題だったこともあってか、文科省は記者会見の翌日という異例のスピードで町田市教育委員会への指導を行った。そうした中、町田市の石阪丈一市長は市長部局に新たな第三者委員会を立ち上げることを発表したが、委員の選定について「遺族の推薦は受け付けない」と明言していた。

小西議員は危機感をあらわにする。

「重大事態の対処については、いじめを受けた児童や保護者から申し立てがあった場合には、適切、かつ真摯に対応するように定められており、このまま遺族に寄り添わない形で調査が行われたら、いじめ防止法が崩壊してしまう(※3、4)。そもそも市長が調査を行えるのは、第28条調査(重大事態が起きたときの調査)に対する再調査のみです。町田市教育委員会の常設委員会が10月13日に報告書を出していますが、その名は『経過報告書』であり、法律が求める事実関係の真相解明及び再発防止策の提言は全くありません。

この報告書を受けて市長が再調査するとしたら、調査は終わっていないのですから法律違反です。本来、市長の再調査は市教委の調査を適正なものにするための重しなのに、市教委と首長が結託してしまっているところにこの事件の異常さがあります。いじめ防止法の運用の歴史のなかで悪しき前例をつくってしまうことになると危惧しています」

町田市庁舎
筆者撮影
町田市庁舎

※3 「いじめ防止対策推進法案に対する附帯決議」(平成25年6月19日 衆議院文部科学委員会) 第五項 重大事態への対処に当たっては、いじめを受けた児童等やその保護者からの申立てがあったときは、適切かつ真摯に対応すること。
※4 「いじめ防止対策推進法案に対する附帯決議」(平成25年6月20日 参議院文教委員会) 第三項 本法の運用に当たっては、いじめの被害者に寄り添った対策が講ぜられるよう留意するとともに、いじめ防止等について児童等の主体的かつ積極的な参加が確保できるように留意すること。

当事者に調査させる法律の不備

調査のあり方に法律違反があるのなら是正されるべきだが、なぜ、このような事態になっているのか。

いじめで重大事態が起こると、教育委員会が既存の「常設委員会」を用いたり、第三者委員会を立ち上げて調査を行う。この調査手続きやその調査結果について遺族が不十分だと再調査を求めるケースは、町田に限った話ではなく、全国各地で起きている。

この点について、筆者はそもそも法律に不備があると感じた。というのも、小西議員は町田市教育委員会や常設委員会は「いじめ自死事件の責任者でもある」と語っている。

「被害児童の自死の後、いじめの存否について担任と校長の見解が分かれている学校の対応を見ていると、いじめ防止法が求める組織的対応ができていないと思わざるを得ない。また、自死まで保護者にいじめの存在を報告していなかったことも明確な法律違反です。そして、学校に法律を遵守させる責務を有する町田市教委にも責任はあるし、さらに言えば、町田市教委の付属機関である『常設委員会』(※5)の責務は、町田市の学校にいじめ防止法を適切に運用させるべく市教委に意見を行うこととされています。つまり、端的にいえば、『常設委員会』は、そもそも、いじめ自死を防ぐためにその法律上の責務を適切に果たしていたのか調査されるべき対象ですらあるのです」(小西議員)

そうであるとしたら、責任が追及される調査を当事者にやらせるのは無理があるように感じるのだ。

10月8日、教育学者らと立ち上げた「いじめ当事者・関係者の声に基づく法改正プロジェクト」で、いじめ防止法の改正を求める政策提言を発表したNPO法人「プロテクトチルドレン えいえん乃笑顔」代表の森田志歩さんは、次のように話す。

いじめ防止法の一番大きな問題は、重大事態の判断とか、第三者委員会を設立する権限のすべてが、調査対象である教育委員会や学校に委ねられているという点です。だから、中立公正になんかなるわけがない。問題が起きても、そもそも重大事態として認めません。今回、私たちは文科省の中に学校や教育委員会の対応を検証する第三者機関を設置し、不適切な場合には是正勧告できるように文科省の権限を強めてほしいと提言をしています。現状の法律では文科省には何の権限もなく、地方自治体の教育委員会に対しては指導するくらいしかできないのです」(森田さん)

※5 「いじめ防止対策推進法」第14条3項 「前二項の規定を踏まえ、教育委員会といじめ問題対策連絡協議会との円滑な連携の下に、地方いじめ防止基本方針に基づく地域におけるいじめの防止等のための対策を実効的に行うようにするため必要があるときは、教育委員会に附属機関として必要な組織を置くことができるものとする」。