一番つらい仕事は住人の想いがつまった「遺品整理」
しかし、ここまでの作業を行っても、遺体からあふれ出た体液や血液が畳やフローリングを通り越して、床下にまで染み込んでいるような場合は臭いが消えません。こうなったら交換できるものはすべて新品に換え、構造上外せない木材やコンクリートは、体液が染みこんだ部分を削ってコーティングを施します。
こうして清掃を終え、仕上げにもう一度消毒液を噴霧したら、最後は鼻を床にこすりつけるようにして臭いが完全に取れたことを確認します。私の仕事では、ここまで行ってから、依頼主に物件を引き渡すのです。
ここまで読まれて、事件現場清掃人の仕事は、一般的な清掃業よりも、ずっと大変なつらい作業のように思われるかもしれませんが、私には試行錯誤を重ねて生み出したノウハウや長年に渡る経験の蓄積があります。
当初はその中で立っていることさえ難しかった強烈な死臭や大量の虫も今では意に介しませんし、どんなに凄惨な光景を目にしても仕事だと割り切ることができます。
ただ、数多くの現場を経験した今でも、どうしても慣れることができない作業があります。それは、その家で亡くなった故人が死の際まで大切にしていた遺品の整理です。
タンスの奥にしまわれていた記念の品、壁に飾られていたかつての恋人の写真、自殺した人が残した尖った文字で書かれた手紙……。これらに触れるとき、私はいつも身の引き締まる思いがします。
それまでどのように生きてきて、どのような状況の中で死んでいったのか。特殊清掃を通じてその最期を知り、遺品を通して故人の人生を感じ取ることは、その人の喜びや苦しみ、あらゆる感情を追体験することにほかなりません。
遺品の整理は、いわば故人とわたしとの対話。だからこそ事件現場清掃人にとって、もっとも大切な仕事だと思うのです。
幽霊は見えなくても現場から伝わってくるもの
特殊清掃の仕事の話をすると、よく「幽霊を見たことはあるか」と聞かれます。幽霊が存在するかどうかは私にはわかりませんが、「死者のエネルギー」のようなものは、たしかに存在すると感じています。
ある意味では、この死者のエネルギーを拭い去ることまでが、事件現場清掃人の仕事なのかもしれません。死の直前まで暮らしていた部屋の残置物を処理し、徹底した清掃を行って死臭を断ち、故人の思いの込もった遺品を適切に処理すれば、この死者のエネルギーは消えていきます。
仕事の依頼主は、多くはご遺族や大家さんです。しかし、私は故人こそが真の依頼主であると考えています。
「この世の始末をしてくれ」
孤独のまま死を迎えた人が、私にそう言っているように思えてなりません。
死は、いつか必ず訪れます。いつ、いかなるときに命を失うことになるのかは誰にもわかりません。しかし、だからこそ生が輝くということもまた真実です。
死に方とは同時に生き方であり、死を語ることは生を語ることです。これまで20年近く事件現場清掃人を続ける中で私が出会った特殊清掃の現場は、今では3000件に上ります。
その一つひとつが、まるで鏡のように、私たちの生きる現代社会の真実の姿を映し出しているように感じるのです。