オランダやスイスなどでは安楽死が法的に認められており、希望者を支援する団体もある。「自殺幇助」という批判を受けながら、なぜ安楽死を制度化できたのか。宗教学者の島田裕巳さんは「死生観や家族観が日本とは根本的に違う」という――。

※本稿は、島田裕巳『無知の死 これを理解すれば「善き死」につながる』(小学館新書)の一部を再編集したものです。

自宅での健康訪問者
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安楽死の間際で抵抗した74歳女性は何を考えたのか

オランダやスイスで安楽死が認められるようになってから、大きな問題になっているのは、安楽死が認められる要件からはるかに逸脱したケースが増えているということである。

オランダでは、2001年に安楽死が合法化された後、2016年4月に次のような事件が起こっている。

患者は認知症を患っている74歳の女性だった。彼女は、認知症がまだ軽い段階で、老人ホームに入居しなければならないほど症状が悪化したときには、安楽死を望むと事前指示書に記していた。

そこで、老人ホームで主治医となった女性の医師は、彼女の意思にしたがって女性のコーヒーに鎮静剤を混ぜて、それを飲ませ、安楽死させるための薬を注射しようとした。

ところが、そのとき女性が目を覚まし、抵抗した。そこで医師は家族に彼女を押さえつけるよう依頼し、その上で注射を行い、彼女を安楽死させたのだった。

オランダの司法は医師を罪に問わなかった

医師は、安楽死を行う際に、改めて女性の意思を確認していなかった。そこで、安楽死が正しく行われたかを審査する地域安楽死審査委員会は、この件を検察庁検事長会議に送り、捜査の結果、医師は2018年11月に起訴された。

しかし、ハーグ地方裁判所は、2019年9月11日、医師に対して無罪の判決を言い渡した。安楽死法が定める要件をすべて満たしているというのである。

認知症になることを恐れ、そのときには安楽死させてほしいと願う人はいる。しかし、認知症になった人間が常に正しく物事を判断できるかは怪しい。実際、この女性は暴れ出したのだから、その時点では安楽死を望まなくなっていたと見ることもできる。あるいは、ただ注射されるのが嫌だったのかもしれない。

私の母も、亡くなる前には認知症がかなり進んでおり、病院に入院しなければならなくなったときには、点滴が嫌で、それを外そうとしたため、手を拘束されたらしい。