選挙システム自体が抱える、シンプルな矛盾

前で見てきたさまざまな方法論の中から、この三原則に反しないかどうかを基準にして、不適切なものを1つずつ取り除けば、最も適切な方法論が見つかりそうです。

この三原則を考えたのが、1972年にノーベル経済学賞を受賞したケネス・アロー(Kenneth Joseph Arrow)です。

社会的選択理論の最も重要な基盤となる「アローの定理(Arrow’stheorem)」をつくった人です。社会的選択理論の新たなパラダイムを立てた創始者とも言えます。

ところが不幸にも、このアローの定理が物語るのは、「答えがない」という事実でした。「候補が少なくとも3人いる選挙では、この原則を満たす方法論はない」

そのため、彼の定理は「不可能性の定理(impossibilitytheorem)」とも言います。その証明はここでは説明しませんが、この三原則をすべて満たすシステムをつくろうとすると、どうしても矛盾が起こってしまいます。

その矛盾の根本は、たとえばAよりBを選好し、BよりCを選好し、CよりAを選好すれば、序列をつくることができないという、単純なシナリオにあります。この事実も興味深いですね。

誤った証明や誤った定理だらけの数学史

だとしたら、すでに不可能であることが証明された社会的選択理論を、その後どうやって発展させることができるというのでしょうか?

そう思うのも無理ありません。ですが、科学的な時間から見れば、これは終わった問題ではありません。制約がどこにあるのかを見つけ、その制約を克服する方法を見つけ出すこと。それが数学的な考え方です。

答えをすぐに見つけることはできなくても、どんな答えが条件に合うのかを明確に示すことで、そこに生じる制約を理解して批判しながら、新しい学問分野、研究方向、革命的な視点は生まれます。

いまもアローの定理を改善しようとする研究が多く進められています。

これは単なる理論的問題ではありません。社会的な決定はつねに下さねばならないからです。

数学史を見渡せば、その中には誤った証明や誤った定理がたくさんあります。

ところが、むしろその多くの失敗が現象を理解することに大きな役割をはたしてきました。いかなる制約があるのかを、私たちに確認させてくれたからです。