遵法精神に欠けると批判されたが…
【國松】彼は暴力団担当としては全国的に知られていた男だった。工藤会と、切った張ったで有名でね。ある時、彼は工藤会の事務所に行って飾ってある提灯を「これは抗争資材だ」と全部、持ってきたんだ。
やくざの提灯を勝手に持ってくるなんてのは遵法精神に欠けると批判されたが、確かにその通りではある。しかし、そのくらいの気構えがなければ、やくざと対決なんかできないよ。その後、彼は工藤会に「提灯を取りに来い」って言った。そうしたら、取りに来たっていうからね。
彼は自殺をするんだが、どうだろう。いや、よくわからないが、惜しい。私は今でも彼のご家族と年賀状のやり取りだけはしています。せめてもの供養です。福岡には立派な刑事がいたことをみなさんには覚えておいていただきたい。
工藤会はもうずいぶんと弱体化しました。それは、樋口(樋口眞人、2013~15年、福岡県警本部長)君が彼らしいやり方で工藤会を徹底的に取り締まったからです。樋口君は暴力団の活動を抑止する上で有効だったのが、暴力団対策法の制定だったと言っている。
私の判断の基礎になったのは警察に入ってから受けた教育だった。現場仕事に追われながらも、酒の席では先輩たちから、「役人道」とも言える、後々まで心に残るような話を聴き、それによって、自分の仕事の原理原則についての心構えができていったんじゃないだろうか。
仕事の流れにあらがって旗を立てること
「警察官たるものは何をするべきなのか」といった青臭い議論は今は誰も言わなくなったね。しかし、繁雑な日常に振り回され、過った判断をしてしまいそうになる時に、支えになったのは仕事の本質に立ち返る書生論だったと僕は思う。
今は警察だけではなくどんな職場であっても、実務重視、目の前の仕事を片付けろとなっている。そして、現場の実情に通じた人が高い評価を受けるようになっている。それはもちろん重要でしょう。それがなければ社会は回っていかない。
しかし、仕事はどんどん流れていくものです。そして、流れについていくだけでは見失うものがある。その流れにあらがって旗を立てることです。
どんなふうに自分の仕事で人の役に立ち、社会を良くしていけるのか。若いうちから青臭い議論をしておくことですよ。警察は青臭い組織でいいと私は思っている。正義とはそういうものじゃないかな。
警察庁長官として私が警察官に訴えたいと思ったのはそういうことで、長官だけが唱えることのできるテーゼみたいなものです。