男性が語りだした意外な事情

事前に記入してもらう問診票で男性の住所を確認すると、閉店後、その男性を訪ねることにしたのである。男性の住居は、都営三田線の終点近くにある団地であった。

今も印象に残るお客さんとのエピソードを話してくれた榮子さん。
今も印象に残るお客さんとのエピソードを話してくれた榮子さん。(撮影=市来朋久)

「もう暗くなってしまってお部屋を探すのが大変でしたけれど、なんとか探し当てて、ドアを開けてもらいました。申し訳なかったって謝ろうと思ったら、言い訳はいいってドアを閉められそうになったんで、ちょっと待ってくださいって、杖を挟んで閉まらないようにしたんです(笑)」

榮子さんが、お詫びを言いながらお店の状況を縷々説明すると、男性の怒りは徐々に収まっていった。そして、意外な事情を話し始めたのである。

「さっきは済みませんでした。実は、数カ月前に妻を亡くしまして、それまで妻がみんなやってくれていたこと、台所だ、買い物だ、掃除だ、洗濯だって、全部自分でやらなくてはならなくなって、薬の受け取りも自分で行かなくちゃならない。そういうことが重なって、ついカッとなっちゃってね」

独居の男性は、追い詰められていたのだ。

「怒った私のところに、わざわざ謝りに来てくれて嬉しいよ」

最後は感謝の言葉までもらって、榮子さんは引き上げてきた。

「私も気持ちがせいせいしたし、行ったかいがありましたよ」

こんなことでお客さんを怒らせてはいけない

「ちょっとしたおせっかい」を超えるようなことはしないはずの榮子さんが、なぜこの時は、これほど大胆な行動に出たのだろうか。

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比留間榮子『時間はくすり』(サンマーク出版)

「ちゃんとわかってほしいという思い、それに、お店とお客様を大切にしたいという思いですね。過去にはもっとたくさんいろいろなことがあったけれど、こんなことでお客様を怒らせちゃいけないと思ったら、必ず出向きましたよ」

恐れずに自分の思うところを相手に伝え、過干渉の一歩手前まで相手の人生に踏み込むことが、相手の孤独を癒やす場合もある。

ヒルマ薬局の暖簾をくぐる人たちが求めているのは、あるいは、そんな“適度な干渉”なのかもしれない。