語学の習得に頭のよし悪しは関係ない

<strong>作家 黒木 亮</strong>●1957年、北海道生まれ。都市銀行、総合商社を経て作家に。『排出権商人』など著書多数。
作家 黒木 亮●1957年、北海道生まれ。都市銀行、総合商社を経て作家に。『排出権商人』など著書多数。

英語は私の人生を変えた言葉だ。北海道の地方の町に生まれた私は、高校時代から英語の勉強に力を入れ、早稲田大学に進学した。大学では体育局競走部に所属し箱根駅伝も走ったが、毎日30分、英語の勉強だけは欠かさなかった。都銀に就職して海外留学をさせてもらったが、留学の条件は無論、英語ができることだった。そして、ロンドン勤務時代に30~40カ国のビジネスマンたちと英語で仕事をした経験が、作家として立つベースになった。

もし、子供に外国語を学ばせたいという相談を受けたら、私は迷わず英語を勧める。理由はいくつも挙げられる。情報を集めるにしても、インターネットでは英語による情報量は日本語の100倍以上ある。就職機会ということを考えても、外資に就職したければ英語は必須だし、日本企業に就職する場合でも、英語ができなければ仕事の範囲が限定されてしまう。国際取引は英米法が準拠法で、企業会計も英米基準がグローバル・スタンダード。英語ができない人は鍵穴から世界を覗いているようなものだ。

さらに、国連や世界銀行などの国際機関で働きたいのであれば、英語を学ぶだけでなく、修士課程以上への留学もするべきだ。留学先はどこでもいいというわけではない。国際機関は学歴社会であり、オックスフォード、ケンブリッジ、ハーバード、スタンフォードといった英米の一流大学を出なければ意味がない。二流以下の大学を卒業しても、国際機関は洟もひっかけてくれないのが現実なのだ。

近年、BRICs、VISTAなど、新興国の台頭が著しいが、だからといって中国語やロシア語を学ぶ必要はない。駐在員としてその国で暮らしながら仕事をするのなら別だが、そうでなければ現地の安い通訳を使えば用は足りる。今後、世界の経済地図が塗り替わるとしても、国際共通語としての英語の地位が揺らぐことはない。