あきらめたときの不安のほうが大きい

<strong>東京藝術大学学長 宮田亮平</strong>●1945年、新潟県佐渡生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科工芸専攻(鍛金)修了。同美術学部長などを経て現職。
東京藝術大学学長 宮田亮平●1945年、新潟県佐渡生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科工芸専攻(鍛金)修了。同美術学部長などを経て現職。

答えは決まっています。そりゃ「やってみろ」と言いますよ。それしかないでしょう。

そもそも芸術家は特別な存在じゃない。恋をすれば人は誰でも詩人になる。生きとし生ける者は誰もが芸術家なんです。それを生業にするかしないかの違いだけでね。

一流企業に就職すれば不安はなくなる? そんなことないですよ。生きている限り90%は不安です。生活の安定のために芸術を諦めて就職した子は、自分に嘘をつき続けることになる。それこそ何よりも不安な毎日に違いありません。

もちろん芸術で自活できるかという疑問は残るかもしれない。本学でも、オルガン一筋で頑張ってきた学生が「このままでいいのか」と不安を訴えてきたことがあります。将来を考えたときに、音楽家を職業にすることに現実味が持てなかったのでしょう。だけど一つの目的に向かって死にものぐるいで努力して道を極めた子なら、たとえほかの道に方向転換してもそれを基礎力にして踏ん張れるものなんです。そんな子を見いだしてわが社に来てくれと言える企業家が欲しいですね。

僕には双子の娘がいますが、2人とも美術大学を卒業して、1人はデザイナーとして一流と言われる企業に就職し、もう1人は僕と同じ金工作家になりました。進路について僕からは何も言っていません。自分の生き方だってわからないのに、人の生き方を4の5の言うことはできません。もっとも娘から相談があったときは、自分の体験を踏まえながらあれこれ話しましたけどね。

うちの場合はたまたま僕と子供の職業に共通性があったけど、そうでない家庭でも、仕事に対する「志」について親子で話し合うことは大切なことです。説教にならないように、その子が興味を持つように工夫して話す。どんな仕事をしているお父さんでもそれを志した理由の中には、子供が前に進むための具体的なヒントがあるはずです。自分の歩んできた道、そしてそれを選択した思いを語ってやればいいんです。

これこそ親父の存在意義というものでしょう。世間で偉いと言われている人でなく、身近な親父が一所懸命語るからこそリアリティがあって心に響くのです。