人生には「想定外」が起きることがある。居酒屋「世界の山ちゃん」を展開するエスワイフード代表取締役の山本久美さんもそんな経験をした一人だ。創業者で当時会長を務めていた夫の山本重雄さんが2016年に急逝。その直後に同社を率いることを決意した。当時は専業主婦、民間企業は未経験、それでも決断できたのはなぜなのか。話を聞いた――。
エスワイフードの山本久美代表取締役
撮影=山本典利
エスワイフードの山本久美代表取締役

「誰かに経営を任せてしまうのは、無責任だと思った」

幻の手羽先を食べたことはなくても、「世界の山ちゃん」の看板を見たことがない人は少ないだろう。そして、あの1度見たら忘れられない看板のイラスト=鳥男のモデルである山本重雄さん(世界の山ちゃんの創業者・エスワイフード前会長)が、2016年8月に急逝したことを知っている人もまた、少ないかもしれない。

さらに言えば、重雄さんの後をついでエスワイフード(世界の山ちゃんの経営母体)を率いているのが、重雄さんの妻の山本久美さん(エスワイフード代表取締役)であることを知っている人は、あまりいないのではないだろうか。ちなみに当時の久美さんは、小2、中1、中3と3人の子供を抱えた専業主婦だった。

会長だった重雄さんが亡くなった直後の9月2日、経営を引き継ぐ「決意表明」をした時の心境を、久美さんはこう語る。

「私はイベントがある時ぐらいしか会社に顏を出さなかったので、社員のみなさんの動きもわからなかったし、会長も次期社長候補を決めてはいなかったので、とにかく何もわからない状態でした。そんな状態で誰かに経営を任せてしまうのは、とても無責任なことだと思ったんです」

前職は小学校の教員、民間企業での経験はなかった

M&Aの話もあったし、他社から新社長を招くという方法もあった。しかし久美さんは、そのいずれも選択する気にはなれなかった。

「M&Aをやれば創業家としては楽なわけですが、会長が遺した会社が人手に渡ってしまうことは妻としても辛かったし、経営が変わると、たとえ従業員が路頭に迷うことはなくても『世界の山ちゃん』という形が変わって、結果的に社員が辞めていってしまうのではないかという不安もありました。それで、誰かに任せることが決まるまでは、私が社長としてではなく、あくまでも代表としてやっていこうと決意したんです」

決意したのはいいけれど、専業主婦だった久美さんの前職は小学校の教員である。会社の経営はおろか、民間企業に勤めた経験すらなかった。

「むしろ、会社に勤めた経験があったら、『やる』とは言わなかった気がします。会社とは、経営とは、いったいどんなものかまったく知らなかったからこそ『やる』と言えたわけで、後になってから、これはマズイなーと」