野球場で飲むビールは格別においしく感じる。なぜなのか。東北大学特任教授の村田裕之さんは「人は感情に流されやすい。このため野球観戦の興奮で、ビールをおいしく感じてしまう。こうした『感情ヒューリスティック』はさまざまなシーンでみられる」という――。
神宮球場のビール売り子
写真=時事通信フォト
神宮球場のビール売り子=2019年4月18日、東京都新宿区

なぜ球場で飲むビールを「おいしい」と感じるのか

今年のMLBオールスターゲームの球場は「クアーズ・フィールド」(アメリカ・コロラド州)だった。その名称はスポンサーである米国のビール会社「モルソン・クアーズ」にちなむ。筆者は10年以上前に訪れたことがあるが、ここで飲むクアーズは本当においしく、試合が盛り上がるにつれ何杯も飲んでしまった記憶がある。

ところが、このクアーズを家で飲むと全くうまくない。水っぽくて物足りないのだ。クアーズ・フィールドで飲んだものとはまるで別物のように感じてしまう。

この違いが生じるのは、球場で飲むビールのおいしさは、ビールそのものおいしさではなかったからだと考えられる。つまり野球観戦の「ワクワク感」をその時に飲むビールや食べものの「満足感」と勘違いしているのだ。気分がよい時に飲み食いするものがおいしく感じるのはこれが理由だ。

さらにワクワク感に加えて「今日くらいは贅沢してもよい」という自分への「ご褒美感」や「今日は普段しないことをしてもよい」という「解放感」など様々な要素が加わって、一層おいしく感じるようになる。

コロナ禍で強まる「感情ヒューリスティック」とは

この例のように、おいしいと感じる背景には様々な要因があるが、通常私たちはそうした要因を深く考えずに「おいしい!」と言う場合が大半だ。こうした現象を「感情ヒューリスティック」と呼ぶ。

ヒューリスティック(heuristic)とは心理学用語で、緻密な論理で一つひとつ確認しながら判断するのではなく、経験則や先入観に基づく直感で素早く判断することをいう。次のような場合に人はヒューリスティックで判断しやすい。

1.その問題を注意深く考える時間がない
2.情報が多過ぎて十分に処理できない
3.その問題が自分にとってさほど問題ではない
4.意思決定に用いる他の知識や情報がほとんどない

感情ヒューリスティック(Affect heuristic)とは、人が「感情的な要素」で判断してしまい、そこに付随するメリットやリスクも感情によって判断してしまう傾向をいう。心理学者のポール・スロビックによって2002年に提唱された。

筆者は、コロナ禍により「感情ヒューリスティック」が世の中全般で強まっていると感じている。こうした傾向が過度に強まると社会が危うい方向に流れやすくなる。

以下に「感情ヒューリスティックの罠」と呼べる具体例を示す。