※本稿は、アルボムッレ・スマナサーラ『心は病気:悩みを突き抜けて幸福を育てる法』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
たばこを吸う紳士
「たばこを吸う人を見ると、誰かに迷惑をかけているのに、どうしてこの人たちは平気なのかとイライラする」。そんなふうに言う人がいます。
たしかに、たばこを吸う人は他人の迷惑を考えない場合が多いですね。そもそも、たばこを吸う人というのはだいたい誰でも病気です。精神的に弱いから、たばこを吸うのです。
でも、中には本当の紳士たちもいますよ。
もう随分前のことですが、電車に乗ったときのことをお話ししましょう。
私は目的地まで最短の時間と距離で行きたいものですから、だいたい出口に近いところや乗り換えが便利なところで電車を待ちます。
で、当時はそういう場所はなぜか喫煙場所のことが多かったのです。私も、たばこの煙は身体に悪い感じがして嫌なのですが、私が好き好んでそういう場所に立っているのですから、まあそれは仕方ないのです。
その人は、しっかりした中年の男性でした。前のほうに並んでいましたが、たばこを吸いたかったのでしょう。彼はどうしたかというと、喫煙場所の白い枠の中にきちんと入ってきて、灰皿の前に立ってから、やっとたばこを取り出して吸い始めたのです。
それを見て、私は「さすがは紳士だ」と、とてもうれしく思いました。ですから、その人のたばこの煙が鼻に入っても、ぜんぜん嫌な気持ちはしなかったのです。
自分はたばこを吸いたいけれど、他人にも気を使って、迷惑をかけないようにちゃんと行儀よく吸う。そういう本当に素晴らしい人を見ると、こちらもたばこを吸わせてあげたくなるのです。
誰もが他人に迷惑をかけている
一方で、若くてだらしのない人もいました。その人は、枠の外で灰皿からも遠く離れた、ちょうど私の立っているところでたばこを吸っていました。「吸いたいんだったら、ちゃんと行儀よく吸いなさいよ」と、蹴っ飛ばしたくなりましたよ。
でも、身体に悪いたばこの煙を吸ううえに、怒って心の平和まで損なうのはバカげています。怒ったら自分が損をしますから、怒りませんでした。
ところが、しばらくその人を見ていたら、その人にも悪気がないことがわかってきました。ある時間がたつと灰皿まで行って灰を落としてから、また戻るのです。
実際には灰皿に行くまでに灰はぜんぶ落ちているのですが、本人にしてみればしっかりやっているつもりなのです。
それを見て私が思ったのは、「結局、誰もが自分のことしか考えられないのだ」ということでした。
みんな自分なりに「これくらいなら迷惑じゃないだろう」と思ってやっているのです。
迷惑をかけないようにしようと思いながら、迷惑をかけているのです。
みんなお互いさまです。そこで私が「あなたの行動は迷惑だ」と文句を言っても、仕方がないでしょう?
相手のわがままが通れば私に迷惑、私のわがままが通れば相手に迷惑ですから、中間を取って迷惑の量をできるだけ減らすしかありません。
まったく迷惑を受けずに生きるということは、人間の間では成り立ちません。実際、それを理解してしまうと、たいていのことは、気にならなくなってしまうのです。