また日本の経営学者の間でも、日本的経営を守るべきなのか、それとも時代に合わせて変えていくべきなのかという論争が盛んになされていました。しかし、結局アカデミックな結論は出されることはありませんでした。そもそも「べき」論なので、なかなか議論が噛み合わず、実証的な議論の上で決着をつけることが難しかったのです。
ただ、議論上はともかく、行動上の決着は明らかでした。データから見る限り、ビジネス界で実際に起こっていたのは、正規社員の雇用はできるだけ守りつつ、その調整を非正規雇用や派遣労働を導入することで行っていたのです。
一部の正規雇用を守るための大きな代償
また最近になって、非正規雇用は企業にとって雇用の調整弁であるだけでなく、さらに都合の良い雇用形態になっていることを示す分析がでてきています。非正規労働者が社内においてなくてはならない基幹的な労働力になってきているというのです。以前は、パートやアルバイトといった非正規労働者は、基幹業務ではなく、より単純化された周辺業務を行うことがほとんどでした。しかし、正規労働者と、同じような裁量を与えられて、同じような仕事に従事している非正規労働者がでてきているのです。
仕事面ではほとんど変わらない基幹的な仕事をしているのにもかかわらず、両者には給与などの処遇面で大きな差があります。教育水準、あるいは職種などの属性をコントロールしたとしても、有期雇用の契約社員の場合は男性でおおよそ15~20%程度、女性の場合は10~30%程度給与が低いことが分かっています。
慶應義塾大学の鶴光太郎さんは、このような不合理な所得上の格差は、非正規雇用であるという理由で生まれる「象徴」的な処遇の差だと捉えています。日本企業が日本的経営を守る(実際にはその一部の構成要素である正規雇用を守る)ために導入を進めた非正規労働ですが、今では彼・彼女らに支えられていないと社内の仕事が回らないようになってきているのです。
日本の格差は、イノベーションによって正規雇用が破壊されないように、「日本的経営」が適応される範囲を縮小した結果という可能性がありそうです。この点は、今後、精緻な実証研究が必要なところでしょう。